第47話「言葉の準備」
殿下の言葉が、翌日になっても耳に残っていた。
俺は——あなたのことを、ずっと考えています。
薬草を刻みながら、その言葉が何度も浮かんでは消えた。消えては、また戻ってきた。
「手が止まっている」
フェンが縁側から言った。
「……止まっていましたか」
「三度目だ」
私は刃を動かし直した。
◆
昼前に、殿下から手紙が来た。
「昨日のこと、唐突でしたか」
私はしばらく、その一文を見ていた。それだけだった。謝罪でも説明でもなく、ただ——確認だった。
私は返事を書いた。
「唐突でしたが、困ってはいません」
しばらくして返事が来た。
「よかった。明日、伺ってもいいですか」
「はい」と私は書いた。
◆
翌日、殿下は昼過ぎに来た。
今日も何か手に持っていた。小さな紙袋だった。
「花の茶葉です。王城の薬草師がブレンドしたものだと聞いたので」
「……気を遣っていただかなくても」
「気を遣っているというより——あなたが喜ぶかと思って」
私は受け取った。袋を少し開けると、薔薇と甘草と、あとは知らない香りが混ざっていた。
「……いい香りです」
「よかった」
◆
お茶を淹れて、三人で縁側に座った。
殿下が「今日は何もない日ですか」と聞いた。
「午後に患者が一人来ます。それまでは」
「では少し、いてもいいですか」
「どうぞ」
殿下が静かに茶を飲んだ。フェンが目を細めて日向で伸びていた。
こういう時間が、当たり前になっていた。
いつから——と思って、すぐにわかった。最初から、こうだった気がする。
◆
「……エリーゼさん」
「はい」
「あなたは、この先どんなふうに生きたいですか」
私は少し、驚いた。
「急ですね」
「急ですか」
「少し」
殿下が前を向いたまま、「ではゆっくり考えてください」と言った。
私はしばらく、庭のラベンダーを見た。
「……静かに、好きな仕事をして。信頼できる人の傍にいられれば、それで十分です」
「信頼できる人、とは」
「今ここにいる人たちのような」
◆
殿下がしばらく、何も言わなかった。
それから、ゆっくりと言った。
「……俺も、そうありたいと思っています。あなたの隣に、いられるような人間に」
「今でも、そうですよ」
「そうですか」
「はい」
殿下が小さく息をついた。
「……言葉を、整えています」
「知っています」
「待っていてくれますか」
私は迷わずに答えた。
「待っています」
◆
患者が来る少し前に、殿下が立ち上がった。
「では、また来ます」
「はい」
殿下が歩き出して、少し経ってからフェンが言った。
「……お前は、返事を決めているのか」
「何の」
「とぼけるな」
私は少し考えた。
「……決めています」
「そうか」
「フェンは、反対ですか」
フェンが鼻息をついた。
「反対などしない。ただ——遠回りをするものだと思っていた」
◆
私は少し笑った。声に出て、自分で少し驚いた。
「フェンのおかげかもしれません。笑い方を取り戻したのは」
「俺は何もしていない」
「してくれました」
フェンが「うるさい」と言いながら、頭を私の膝に乗せた。
重かった。でも、温かかった。
言葉が整うのを——私も、楽しみに待っていた。
(第48話へ続く)




