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第47話「言葉の準備」

 殿下の言葉が、翌日になっても耳に残っていた。


 俺は——あなたのことを、ずっと考えています。


 薬草を刻みながら、その言葉が何度も浮かんでは消えた。消えては、また戻ってきた。


「手が止まっている」


 フェンが縁側から言った。


「……止まっていましたか」


「三度目だ」


 私は刃を動かし直した。



 昼前に、殿下から手紙が来た。


 「昨日のこと、唐突でしたか」


 私はしばらく、その一文を見ていた。それだけだった。謝罪でも説明でもなく、ただ——確認だった。


 私は返事を書いた。


 「唐突でしたが、困ってはいません」


 しばらくして返事が来た。


 「よかった。明日、伺ってもいいですか」


 「はい」と私は書いた。



 翌日、殿下は昼過ぎに来た。


 今日も何か手に持っていた。小さな紙袋だった。


「花の茶葉です。王城の薬草師がブレンドしたものだと聞いたので」


「……気を遣っていただかなくても」


「気を遣っているというより——あなたが喜ぶかと思って」


 私は受け取った。袋を少し開けると、薔薇と甘草と、あとは知らない香りが混ざっていた。


「……いい香りです」


「よかった」



 お茶を淹れて、三人で縁側に座った。


 殿下が「今日は何もない日ですか」と聞いた。


「午後に患者が一人来ます。それまでは」


「では少し、いてもいいですか」


「どうぞ」


 殿下が静かに茶を飲んだ。フェンが目を細めて日向で伸びていた。


 こういう時間が、当たり前になっていた。


 いつから——と思って、すぐにわかった。最初から、こうだった気がする。



「……エリーゼさん」


「はい」


「あなたは、この先どんなふうに生きたいですか」


 私は少し、驚いた。


「急ですね」


「急ですか」


「少し」


 殿下が前を向いたまま、「ではゆっくり考えてください」と言った。


 私はしばらく、庭のラベンダーを見た。


「……静かに、好きな仕事をして。信頼できる人の傍にいられれば、それで十分です」


「信頼できる人、とは」


「今ここにいる人たちのような」



 殿下がしばらく、何も言わなかった。


 それから、ゆっくりと言った。


「……俺も、そうありたいと思っています。あなたの隣に、いられるような人間に」


「今でも、そうですよ」


「そうですか」


「はい」


 殿下が小さく息をついた。


「……言葉を、整えています」


「知っています」


「待っていてくれますか」


 私は迷わずに答えた。


「待っています」



 患者が来る少し前に、殿下が立ち上がった。


 「では、また来ます」


 「はい」


 殿下が歩き出して、少し経ってからフェンが言った。


「……お前は、返事を決めているのか」


「何の」


「とぼけるな」


 私は少し考えた。


「……決めています」


「そうか」


「フェンは、反対ですか」


 フェンが鼻息をついた。


「反対などしない。ただ——遠回りをするものだと思っていた」



 私は少し笑った。声に出て、自分で少し驚いた。


「フェンのおかげかもしれません。笑い方を取り戻したのは」


「俺は何もしていない」


「してくれました」


 フェンが「うるさい」と言いながら、頭を私の膝に乗せた。


 重かった。でも、温かかった。


 言葉が整うのを——私も、楽しみに待っていた。


(第48話へ続く)


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