第42話「噂のこと」
アルヴィン殿下から手紙が来たのは、ナーシャが弟子になって一月ほど経った頃だった。
「少し、お伝えしておきたいことがあります。お時間をいただけますか」
今度は、カイル殿下抜きで、という文面だった。
◆
「フェン」
「読んだ」
「……一人で行きますか」
「俺がいる」
「では、一人ではないですね」
フェンが「そうだ」と言った。
私はカイル殿下に手紙を書いた。「アルヴィン殿下からお呼びがかかりました。カイル殿下抜きで、とのことです」
返事はすぐ来た。「……わかりました。何かあればすぐ知らせてください」
それだけだった。でも、その短い返事に、少し気にかけていることが滲んでいた。
◆
王城の小さな応接室で、アルヴィン殿下は前回と同じく穏やかに微笑んでいた。
「来てくださってありがとうございます」
「いいえ」
「フェンリルも」
フェンが無言で部屋の隅に陣取った。アルヴィン殿下が少しだけ目を逸らした。それでも、話し始めた。
「……単刀直入に申し上げます。カイルとあなたのことが、王城で話題になっています」
◆
「話題、とは」
「良い意味でも、悪い意味でも。聖獣の伴侶として実績を積んでいるあなたに対して、関心を持つ方は多い。ただ——中には、カイルの立場を利用しているのではないかという見方をする方も」
私はしばらく、その言葉を受け取った。
「……それについて、私はどうすればいいのですか」
「何かをしろということではありません。ただ、知っておいてほしかった」
「では、なぜカイル殿下抜きで」
アルヴィン殿下が少し間を置いた。
「カイルに伝えると、すぐに動こうとするから。あなたが怖がっているかどうか、先に確認したかったのです」
◆
私は少しの間、黙った。
怖いか。
「……怖くはありません」
「本当に?」
「はい。七年前は、誰かの顔色を見ながら生きていました。今は——そうではないので」
アルヴィン殿下が静かに私を見た。
「利用しているわけではない、と言いますか」
「言いません。証明しようとも思いません。私がしていることを見れば、わかる方にはわかると思っています」
「……強いですね」
「違います。ただ、もう縮こまりたくないだけです」
◆
帰り道、フェンが私の隣を歩きながらぽつりと言った。
「……よく言った」
「そうですか」
「アルヴィンは、お前を試していた」
「わかっていました」
「どうして平気だった」
私はしばらく考えた。
「……前は、試されると萎縮しました。でも今は——隣にフェンがいるから、だと思います」
「俺がいなくても、お前は今日の答えを言えた」
「そうでしょうか」
「そうだ」
フェンが鼻先を私の肩に押しつけた。温かかった。
◆
その夜、カイル殿下から手紙が来た。
「大丈夫でしたか」
私は少し考えて、返した。
「大丈夫でした。アルヴィン殿下は、私のことを心配してくださっていたのだと思います」
しばらくして返事が来た。
「……兄は、あなたのことを認め始めているのだと思います。あの人が心配するのは、大切な相手だけなので」
私はその言葉を、静かに胸にしまった。
認め始めている。
それは——少し、嬉しかった。
(第43話へ続く)




