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第42話「噂のこと」

 アルヴィン殿下から手紙が来たのは、ナーシャが弟子になって一月ほど経った頃だった。


 「少し、お伝えしておきたいことがあります。お時間をいただけますか」


 今度は、カイル殿下抜きで、という文面だった。



「フェン」


「読んだ」


「……一人で行きますか」


「俺がいる」


「では、一人ではないですね」


 フェンが「そうだ」と言った。


 私はカイル殿下に手紙を書いた。「アルヴィン殿下からお呼びがかかりました。カイル殿下抜きで、とのことです」


 返事はすぐ来た。「……わかりました。何かあればすぐ知らせてください」


 それだけだった。でも、その短い返事に、少し気にかけていることが滲んでいた。



 王城の小さな応接室で、アルヴィン殿下は前回と同じく穏やかに微笑んでいた。


「来てくださってありがとうございます」


「いいえ」


「フェンリルも」


 フェンが無言で部屋の隅に陣取った。アルヴィン殿下が少しだけ目を逸らした。それでも、話し始めた。


「……単刀直入に申し上げます。カイルとあなたのことが、王城で話題になっています」



「話題、とは」


「良い意味でも、悪い意味でも。聖獣の伴侶として実績を積んでいるあなたに対して、関心を持つ方は多い。ただ——中には、カイルの立場を利用しているのではないかという見方をする方も」


 私はしばらく、その言葉を受け取った。


「……それについて、私はどうすればいいのですか」


「何かをしろということではありません。ただ、知っておいてほしかった」


「では、なぜカイル殿下抜きで」


 アルヴィン殿下が少し間を置いた。


「カイルに伝えると、すぐに動こうとするから。あなたが怖がっているかどうか、先に確認したかったのです」



 私は少しの間、黙った。


 怖いか。


「……怖くはありません」


「本当に?」


「はい。七年前は、誰かの顔色を見ながら生きていました。今は——そうではないので」


 アルヴィン殿下が静かに私を見た。


「利用しているわけではない、と言いますか」


「言いません。証明しようとも思いません。私がしていることを見れば、わかる方にはわかると思っています」


「……強いですね」


「違います。ただ、もう縮こまりたくないだけです」



 帰り道、フェンが私の隣を歩きながらぽつりと言った。


「……よく言った」


「そうですか」


「アルヴィンは、お前を試していた」


「わかっていました」


「どうして平気だった」


 私はしばらく考えた。


「……前は、試されると萎縮しました。でも今は——隣にフェンがいるから、だと思います」


「俺がいなくても、お前は今日の答えを言えた」


「そうでしょうか」


「そうだ」


 フェンが鼻先を私の肩に押しつけた。温かかった。



 その夜、カイル殿下から手紙が来た。


 「大丈夫でしたか」


 私は少し考えて、返した。


 「大丈夫でした。アルヴィン殿下は、私のことを心配してくださっていたのだと思います」


 しばらくして返事が来た。


 「……兄は、あなたのことを認め始めているのだと思います。あの人が心配するのは、大切な相手だけなので」


 私はその言葉を、静かに胸にしまった。


 認め始めている。


 それは——少し、嬉しかった。


(第43話へ続く)

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