第41話「ナーシャ、殿下に会う」
王城の庭から帰って数日後、殿下が研究所にふらりとやってきた。
ちょうど、ナーシャが軟膏の仕込みをしている時間だった。
殿下が門をくぐった瞬間、ナーシャが顔を上げて——固まった。
◆
「え……あの、カイル……第二王子、殿下……?」
「はい」
「本物ですか」
「本物です」
ナーシャがゆっくりと私を見た。
「エリーゼ様、なぜ第二王子殿下が研究所に……」
「時々、来てくれるんです」
「時々って、どういう……」
私は少し考えた。
「……お友達のようなものです」
殿下が「友人ではなく」と言いかけて、止まった。
フェンがため息をついた。
◆
ナーシャは深く頭を下げた。
「ナーシャと申します。エリーゼ様の弟子をしております。あの、失礼なことを申し上げました、本物かどうかなんて……」
「気にしていません」
「本当ですか」
「本当です。正直な反応だと思いました」
殿下が穏やかに言った。ナーシャがおそるおそる顔を上げた。
「……あの、エリーゼ様から殿下のお話は伺っていなかったのですが」
「そうですか」
殿下がこちらを見た。
「……話していなかったのですか」
「必要な機会がなかったので」
「そうですか」
殿下が少しだけ、口元を緩めた。
◆
ナーシャが軟膏作りを再開しながら、時々殿下をちらちら見た。
殿下は縁側でフェンの隣に座って、私が薬草の仕分けをするのを眺めていた。
「……エリーゼ様」
ナーシャが小声で言った。
「なんですか」
「殿下、ずっとエリーゼ様を見ていますよ」
「気のせいでは」
「気のせいじゃないです。さっきからずっと」
私は手を動かしたまま、答えなかった。
「……エリーゼ様って、殿下と、その、お付き合いとかは」
「ナーシャ」
「すみません! でも気になって……!」
◆
フェンが「うるさい」と言った。
ナーシャが縮こまった。
殿下が涼しい顔で「フェンリル」と言った。
「なんだ」
「あなたが一番気にしていると思いますが」
フェンが鼻息をついた。
「俺はただ、お前たちが遠回りだと言っているだけだ」
「それは気にしているということでは」
「……うるさい」
ナーシャがそっと私の袖を引っ張った。
「エリーゼ様、フェンリル様と殿下って仲いいんですか」
「……まあ、そうかもしれません」
「えっ、すごい」
◆
帰り際、殿下がナーシャに言った。
「弟子をよく教えているようですね」
「恐れ入ります」
「患者から評判を聞きました。研究所はとても親切だと」
ナーシャの目が輝いた。
「本当ですか! エリーゼ様、聞きましたか!」
「聞こえています」
「すごいです! わたし、もっと頑張ります!」
殿下が私を見て、小さく「よかった」と言った。
私は「ありがとうございます」と返した。
◆
殿下が帰ったあと、ナーシャがひそひそと言った。
「……殿下、エリーゼ様のことすごく好きですよね」
「ナーシャ」
「だって見ればわかります! 目がもう全然違いました!」
「仕事を続けてください」
「は、はいっ」
フェンが縁側で小さく「やかましい」と言った。
でも——その声は、いつもより幾分穏やかだった気がした。
(第42話へ続く)




