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第41話「ナーシャ、殿下に会う」

 王城の庭から帰って数日後、殿下が研究所にふらりとやってきた。


 ちょうど、ナーシャが軟膏の仕込みをしている時間だった。


 殿下が門をくぐった瞬間、ナーシャが顔を上げて——固まった。



「え……あの、カイル……第二王子、殿下……?」


「はい」


「本物ですか」


「本物です」


 ナーシャがゆっくりと私を見た。


「エリーゼ様、なぜ第二王子殿下が研究所に……」


「時々、来てくれるんです」


「時々って、どういう……」


 私は少し考えた。


「……お友達のようなものです」


 殿下が「友人ではなく」と言いかけて、止まった。


 フェンがため息をついた。



 ナーシャは深く頭を下げた。


「ナーシャと申します。エリーゼ様の弟子をしております。あの、失礼なことを申し上げました、本物かどうかなんて……」


「気にしていません」


「本当ですか」


「本当です。正直な反応だと思いました」


 殿下が穏やかに言った。ナーシャがおそるおそる顔を上げた。


「……あの、エリーゼ様から殿下のお話は伺っていなかったのですが」


「そうですか」


 殿下がこちらを見た。


「……話していなかったのですか」


「必要な機会がなかったので」


「そうですか」


 殿下が少しだけ、口元を緩めた。



 ナーシャが軟膏作りを再開しながら、時々殿下をちらちら見た。


 殿下は縁側でフェンの隣に座って、私が薬草の仕分けをするのを眺めていた。


「……エリーゼ様」


 ナーシャが小声で言った。


「なんですか」


「殿下、ずっとエリーゼ様を見ていますよ」


「気のせいでは」


「気のせいじゃないです。さっきからずっと」


 私は手を動かしたまま、答えなかった。


「……エリーゼ様って、殿下と、その、お付き合いとかは」


「ナーシャ」


「すみません! でも気になって……!」



 フェンが「うるさい」と言った。


 ナーシャが縮こまった。


 殿下が涼しい顔で「フェンリル」と言った。


「なんだ」


「あなたが一番気にしていると思いますが」


 フェンが鼻息をついた。


「俺はただ、お前たちが遠回りだと言っているだけだ」


「それは気にしているということでは」


「……うるさい」


 ナーシャがそっと私の袖を引っ張った。


「エリーゼ様、フェンリル様と殿下って仲いいんですか」


「……まあ、そうかもしれません」


「えっ、すごい」



 帰り際、殿下がナーシャに言った。


「弟子をよく教えているようですね」


「恐れ入ります」


「患者から評判を聞きました。研究所はとても親切だと」


 ナーシャの目が輝いた。


「本当ですか! エリーゼ様、聞きましたか!」


「聞こえています」


「すごいです! わたし、もっと頑張ります!」


 殿下が私を見て、小さく「よかった」と言った。


 私は「ありがとうございます」と返した。



 殿下が帰ったあと、ナーシャがひそひそと言った。


「……殿下、エリーゼ様のことすごく好きですよね」


「ナーシャ」


「だって見ればわかります! 目がもう全然違いました!」


「仕事を続けてください」


「は、はいっ」


 フェンが縁側で小さく「やかましい」と言った。


 でも——その声は、いつもより幾分穏やかだった気がした。


(第42話へ続く)

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