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第40話「王城の庭で」

 殿下から手紙が来たのは、初夏の終わりだった。


 「王城に小さな薬草庭園があります。あなたに見せたいと思っています。来週、時間を作れますか」


 私はすぐに「はい」と返した。



 案内されたのは、王城の奥まった一角にある、こぢんまりとした庭だった。


 人の手が入っているのに、どこか野性的な雰囲気がある。薬草が区画なく混じり合って、石畳の隙間にも緑が顔を出していた。


「……知りませんでした。こんな場所が」


「俺も最近まで知らなかった。資料を調べていて見つけました」


「なぜ調べたのですか」


 殿下が少しだけ、間を置いた。


「あなたに見せたかったから、です」


 私は何も言えなかった。



 フェンが庭の隅に陣取って、日向ぼっこを始めた。


 私は殿下と並んで、薬草の名前を確認しながら歩いた。


「これはセントジョーンズワート。気分の落ち込みに使います」


「これは」


「ハーブ・ロバート。傷の消毒に」


「全部わかるのですか」


「おおよそは。フェンの加護のおかげで、見ると名前が浮かびます」


 殿下が、私が薬草を見る顔をじっと見ていた。


「……楽しそうですね」


「楽しいです」


「それが、好きなんですね。薬草が」


「はい。なぜかはわかりませんが、見ていると落ち着きます」



 石のベンチに並んで座った。


 フェンが遠くで丸くなっていた。夏の光が、緑の上に降り注いでいた。


「……エリーゼさん」


「はい」


「一つ、聞いてもいいですか」


「どうぞ」


 殿下がしばらく、庭を見ていた。


「あなたは——今、幸せですか」


 静かな問いだった。


 私はすぐには答えられなかった。


 幸せ。その言葉を、自分に向けてまともに考えたことが、いつ以来だろうと思った。


「……はい」


「本当に?」


「本当に。研究所があって、フェンがいて、ナーシャが来て——そして、殿下が来てくれる。それだけで、十分すぎるくらい」



 殿下がしばらく、黙っていた。


 それから、静かに言った。


「……俺は、あなたにもっと幸せになってほしいと思っています」


「今以上に、ですか」


「はい」


「欲張りですね」


「そうかもしれません」


 殿下が、こちらを向いた。


 目が合った。


「俺が——その理由になれますか」



 心臓が、一拍、大きく動いた。


 「俺の隣に来てほしい」と夜会の招待状に書いていた。「これからもここにいます」と言っていた。「遠回りでも、ちゃんと向かっているなら」と言っていた。


 ずっと、言葉を重ねてきた人だった。


 私はしばらく、答えを探した。


「……殿下は、もうなっています」


 殿下の目が、少し揺れた。


「今以上に、ということですか」


「……はい。そういうことです」



 フェンが遠くから「うるさい」と言った。


 何も音は出ていなかったのに。


 殿下が小さく笑った。私も、少し笑った。


 庭の薬草が、夏の風にそっと揺れた。


 今日この庭で交わした言葉は——きっとずっと、覚えていると思った。


(第41話へ続く)

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