第40話「王城の庭で」
殿下から手紙が来たのは、初夏の終わりだった。
「王城に小さな薬草庭園があります。あなたに見せたいと思っています。来週、時間を作れますか」
私はすぐに「はい」と返した。
◆
案内されたのは、王城の奥まった一角にある、こぢんまりとした庭だった。
人の手が入っているのに、どこか野性的な雰囲気がある。薬草が区画なく混じり合って、石畳の隙間にも緑が顔を出していた。
「……知りませんでした。こんな場所が」
「俺も最近まで知らなかった。資料を調べていて見つけました」
「なぜ調べたのですか」
殿下が少しだけ、間を置いた。
「あなたに見せたかったから、です」
私は何も言えなかった。
◆
フェンが庭の隅に陣取って、日向ぼっこを始めた。
私は殿下と並んで、薬草の名前を確認しながら歩いた。
「これはセントジョーンズワート。気分の落ち込みに使います」
「これは」
「ハーブ・ロバート。傷の消毒に」
「全部わかるのですか」
「おおよそは。フェンの加護のおかげで、見ると名前が浮かびます」
殿下が、私が薬草を見る顔をじっと見ていた。
「……楽しそうですね」
「楽しいです」
「それが、好きなんですね。薬草が」
「はい。なぜかはわかりませんが、見ていると落ち着きます」
◆
石のベンチに並んで座った。
フェンが遠くで丸くなっていた。夏の光が、緑の上に降り注いでいた。
「……エリーゼさん」
「はい」
「一つ、聞いてもいいですか」
「どうぞ」
殿下がしばらく、庭を見ていた。
「あなたは——今、幸せですか」
静かな問いだった。
私はすぐには答えられなかった。
幸せ。その言葉を、自分に向けてまともに考えたことが、いつ以来だろうと思った。
「……はい」
「本当に?」
「本当に。研究所があって、フェンがいて、ナーシャが来て——そして、殿下が来てくれる。それだけで、十分すぎるくらい」
◆
殿下がしばらく、黙っていた。
それから、静かに言った。
「……俺は、あなたにもっと幸せになってほしいと思っています」
「今以上に、ですか」
「はい」
「欲張りですね」
「そうかもしれません」
殿下が、こちらを向いた。
目が合った。
「俺が——その理由になれますか」
◆
心臓が、一拍、大きく動いた。
「俺の隣に来てほしい」と夜会の招待状に書いていた。「これからもここにいます」と言っていた。「遠回りでも、ちゃんと向かっているなら」と言っていた。
ずっと、言葉を重ねてきた人だった。
私はしばらく、答えを探した。
「……殿下は、もうなっています」
殿下の目が、少し揺れた。
「今以上に、ということですか」
「……はい。そういうことです」
◆
フェンが遠くから「うるさい」と言った。
何も音は出ていなかったのに。
殿下が小さく笑った。私も、少し笑った。
庭の薬草が、夏の風にそっと揺れた。
今日この庭で交わした言葉は——きっとずっと、覚えていると思った。
(第41話へ続く)




