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第38話「過去からの手紙」

 ナーシャが弟子になって一週間が経った頃、一通の手紙が届いた。


 差出人の名前を見た瞬間、手が止まった。


 ウィレム・フォーセット。


 元夫の名前だった。



「フェン」


「見た」


「……どう思いますか」


「読むかどうか、お前が決めることだ」


 私はしばらく、その封筒を手の中で持っていた。


 捨てようとは思わなかった。でも、怖いとも思わなかった。


 ただ——少し、面倒だと思った。


 それが、今の自分の正直な感情だった。



 封を開けた。


 几帳面な文字が、二枚にわたって並んでいた。


 「先日より、あなたへの謝罪を申し上げたく思っておりました。七年間、あなたの献身に報いることができなかったこと、また離縁の折に適切な言葉をかけられなかったことを、深くお詫び申し上げます」


 「その後のご様子を人づてに聞き、聖獣の伴侶としてご活躍とのこと、安堵しております。もし許していただけるなら、一度お会いして直接謝罪を——」


 私はそこまで読んで、紙を膝の上に置いた。



「……読んだか」


「はい」


「どうだ」


 私は少し考えた。


「……謝罪の言葉は、本物だと思います」


「そうか」


「ただ、会う必要はないと思っています」


 フェンが静かに私を見た。


「怒っていないのか」


「怒っていません。ただ——会いたくもありません」


「それでいい」


「そうですか」


「お前が前にいるなら、後ろを振り返る必要はない」



 私は返事を書いた。


 長くはなかった。


 「お手紙、拝読いたしました。謝罪のお気持ちは受け取りました。ただ、直接お会いすることは、今の私には必要ないと思っています。どうかお互い、それぞれの道を」


 書き終えて、封をした。


 七年間を、二十行で閉じた。


 それで十分だった。



 その日の夕方、殿下が研究所に来た。約束はしていなかった。


「……何かありましたか」


 私の顔を見て、すぐそう言った。


「少しだけ」


「話せますか」


「……ウィレムから手紙が来ました」


 殿下が静かに聞いていた。私が経緯を話すと、ひとことだけ言った。


「……返事は出しましたか」


「はい。会わないと書きました」


「それで良かったと思います」


「殿下も、そう思いますか」


「あなたが前を向いているのを、俺は知っています。後ろに引き戻される必要はない」



 縁側に並んで座って、しばらく庭を見た。


 フェンが私の隣に伏せた。殿下が反対側に静かにいた。


「……不思議ですね」


「何がですか」


「あの離縁状が届いた日は、一人だと思っていました。でも今は——隣に、ちゃんといる」


 殿下が少しの間、黙った。


「……俺は、これからもここにいます」


「ありがとうございます」


「礼には及びません」


「いいえ、及びます」


 フェンがため息をついた。でも今夜は、そのため息が一番温かく聞こえた。


 手紙はもう、引き出しの奥に入れた。


 開けることは、もうないと思う。


(第39話へ続く)

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