第38話「過去からの手紙」
ナーシャが弟子になって一週間が経った頃、一通の手紙が届いた。
差出人の名前を見た瞬間、手が止まった。
ウィレム・フォーセット。
元夫の名前だった。
◆
「フェン」
「見た」
「……どう思いますか」
「読むかどうか、お前が決めることだ」
私はしばらく、その封筒を手の中で持っていた。
捨てようとは思わなかった。でも、怖いとも思わなかった。
ただ——少し、面倒だと思った。
それが、今の自分の正直な感情だった。
◆
封を開けた。
几帳面な文字が、二枚にわたって並んでいた。
「先日より、あなたへの謝罪を申し上げたく思っておりました。七年間、あなたの献身に報いることができなかったこと、また離縁の折に適切な言葉をかけられなかったことを、深くお詫び申し上げます」
「その後のご様子を人づてに聞き、聖獣の伴侶としてご活躍とのこと、安堵しております。もし許していただけるなら、一度お会いして直接謝罪を——」
私はそこまで読んで、紙を膝の上に置いた。
◆
「……読んだか」
「はい」
「どうだ」
私は少し考えた。
「……謝罪の言葉は、本物だと思います」
「そうか」
「ただ、会う必要はないと思っています」
フェンが静かに私を見た。
「怒っていないのか」
「怒っていません。ただ——会いたくもありません」
「それでいい」
「そうですか」
「お前が前にいるなら、後ろを振り返る必要はない」
◆
私は返事を書いた。
長くはなかった。
「お手紙、拝読いたしました。謝罪のお気持ちは受け取りました。ただ、直接お会いすることは、今の私には必要ないと思っています。どうかお互い、それぞれの道を」
書き終えて、封をした。
七年間を、二十行で閉じた。
それで十分だった。
◆
その日の夕方、殿下が研究所に来た。約束はしていなかった。
「……何かありましたか」
私の顔を見て、すぐそう言った。
「少しだけ」
「話せますか」
「……ウィレムから手紙が来ました」
殿下が静かに聞いていた。私が経緯を話すと、ひとことだけ言った。
「……返事は出しましたか」
「はい。会わないと書きました」
「それで良かったと思います」
「殿下も、そう思いますか」
「あなたが前を向いているのを、俺は知っています。後ろに引き戻される必要はない」
◆
縁側に並んで座って、しばらく庭を見た。
フェンが私の隣に伏せた。殿下が反対側に静かにいた。
「……不思議ですね」
「何がですか」
「あの離縁状が届いた日は、一人だと思っていました。でも今は——隣に、ちゃんといる」
殿下が少しの間、黙った。
「……俺は、これからもここにいます」
「ありがとうございます」
「礼には及びません」
「いいえ、及びます」
フェンがため息をついた。でも今夜は、そのため息が一番温かく聞こえた。
手紙はもう、引き出しの奥に入れた。
開けることは、もうないと思う。
(第39話へ続く)




