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第37話「三日間」

 一日目の朝、ナーシャは夜明け前に来た。


 「朝から夕方まで」と言ったが、まだ薄暗い時間だった。私が研究所の戸を開けると、門の前でもうナーシャが立っていた。


「……早いですね」


「遅刻したくなくて。何時から始まりますか」


「日が出てからで十分です」


「では、今は何か手伝えることはありますか」


 私はしばらく、その顔を見た。緊張している。でも、前のめりだった。


「……薬草の束を縛る作業があります。一緒にやりましょうか」


「はい!」



 一日目は、乾燥棚の整理と薬草の束縛り作業をしてもらった。


 不器用だったが、丁寧だった。一束ごとに「これで大丈夫ですか」と確認してきた。三度に一度は「もう少し緩く」と直した。でも、一度直すと同じ間違いをしなかった。


 フェンが縁側から眺めていた。


「……真面目だな」


「そうですね」


「俺を見ていない」


「作業に集中しているからではないですか」


「……まあ、そうだ」


 それが、フェンなりの合格点だった気がした。



 二日目は、畑仕事を任せた。


 どの株がどの薬草か、どれが収穫の時期か——説明しながら一緒に歩いた。ナーシャは熱心にメモを取った。小さな手帳を持ってきていて、植物の名前と特徴を丁寧に書き込んでいた。


「……これはカレンデュラですか? 傷に使うとお婆さんに聞いたことがあります」


「そうです。炎症を抑える効果があります。軟膏にもできますよ」


「軟膏の作り方も教えていただけますか」


「覚えることが増えますが、いいですか」


「いくらでも!」


 フェンが「うるさい」と言った。でも、追い払いはしなかった。



 三日目の午後、ナーシャが患者の対応を初めて見た。


 老齢の男性が腰の痛みを訴えて来所した。私が問診をして、温湿布に使う薬草を選ぶのをナーシャが隣で見ていた。患者が帰ったあと、ナーシャが静かに言った。


「……エリーゼ様は、最初に体のことより、その方の仕事のことを聞きましたよね」


「気づいていましたか」


「農家の方だとわかったから、繁忙期と合わせて無理をしていないか確認したんですよね」


 私は少し驚いた。


「……正確に見ていますね」


「違いましたか」


「いいえ。その通りです」


 ナーシャがぐっと口を引き結んで、手帳に何か書き込んだ。



 三日目の夕方、私はナーシャに言った。


「どうでしたか、三日間」


「……思っていた以上に、覚えることが多かったです。でも、やりたいと思いました」


「大変ですよ。資格もない。給金も最初はほとんど出せない」


「わかっています」


「それでも」


「はい。それでも、やりたいです」


 私は少しの間、黙った。


 三日前と同じ言葉だった。でも——今度は、三日分の重さがあった。


「……わかりました。弟子にします」


 ナーシャの目が、みるみる潤んだ。


「……ありがとうございます!」


「泣かないでください」


「す、すみません。でも、嬉しくて」


 フェンが縁側からため息をついた。


「……うるさい」


「フェン」


「……まあ、いい」



 その夜、殿下への手紙に書いた。


 「弟子にすることにしました。ナーシャという子です。三日間、一度も諦めませんでした」


 返事が来た。


 「それはよかった。……あなたが諦めなかったから、彼女も諦めなかったのではないですか」


 私は少しの間、その言葉を見つめた。


 そうかもしれない。そうでないかもしれない。


 でも——どちらでも、今日のナーシャの顔は、本物だった。


(第38話へ続く)

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