第37話「三日間」
一日目の朝、ナーシャは夜明け前に来た。
「朝から夕方まで」と言ったが、まだ薄暗い時間だった。私が研究所の戸を開けると、門の前でもうナーシャが立っていた。
「……早いですね」
「遅刻したくなくて。何時から始まりますか」
「日が出てからで十分です」
「では、今は何か手伝えることはありますか」
私はしばらく、その顔を見た。緊張している。でも、前のめりだった。
「……薬草の束を縛る作業があります。一緒にやりましょうか」
「はい!」
◆
一日目は、乾燥棚の整理と薬草の束縛り作業をしてもらった。
不器用だったが、丁寧だった。一束ごとに「これで大丈夫ですか」と確認してきた。三度に一度は「もう少し緩く」と直した。でも、一度直すと同じ間違いをしなかった。
フェンが縁側から眺めていた。
「……真面目だな」
「そうですね」
「俺を見ていない」
「作業に集中しているからではないですか」
「……まあ、そうだ」
それが、フェンなりの合格点だった気がした。
◆
二日目は、畑仕事を任せた。
どの株がどの薬草か、どれが収穫の時期か——説明しながら一緒に歩いた。ナーシャは熱心にメモを取った。小さな手帳を持ってきていて、植物の名前と特徴を丁寧に書き込んでいた。
「……これはカレンデュラですか? 傷に使うとお婆さんに聞いたことがあります」
「そうです。炎症を抑える効果があります。軟膏にもできますよ」
「軟膏の作り方も教えていただけますか」
「覚えることが増えますが、いいですか」
「いくらでも!」
フェンが「うるさい」と言った。でも、追い払いはしなかった。
◆
三日目の午後、ナーシャが患者の対応を初めて見た。
老齢の男性が腰の痛みを訴えて来所した。私が問診をして、温湿布に使う薬草を選ぶのをナーシャが隣で見ていた。患者が帰ったあと、ナーシャが静かに言った。
「……エリーゼ様は、最初に体のことより、その方の仕事のことを聞きましたよね」
「気づいていましたか」
「農家の方だとわかったから、繁忙期と合わせて無理をしていないか確認したんですよね」
私は少し驚いた。
「……正確に見ていますね」
「違いましたか」
「いいえ。その通りです」
ナーシャがぐっと口を引き結んで、手帳に何か書き込んだ。
◆
三日目の夕方、私はナーシャに言った。
「どうでしたか、三日間」
「……思っていた以上に、覚えることが多かったです。でも、やりたいと思いました」
「大変ですよ。資格もない。給金も最初はほとんど出せない」
「わかっています」
「それでも」
「はい。それでも、やりたいです」
私は少しの間、黙った。
三日前と同じ言葉だった。でも——今度は、三日分の重さがあった。
「……わかりました。弟子にします」
ナーシャの目が、みるみる潤んだ。
「……ありがとうございます!」
「泣かないでください」
「す、すみません。でも、嬉しくて」
フェンが縁側からため息をついた。
「……うるさい」
「フェン」
「……まあ、いい」
◆
その夜、殿下への手紙に書いた。
「弟子にすることにしました。ナーシャという子です。三日間、一度も諦めませんでした」
返事が来た。
「それはよかった。……あなたが諦めなかったから、彼女も諦めなかったのではないですか」
私は少しの間、その言葉を見つめた。
そうかもしれない。そうでないかもしれない。
でも——どちらでも、今日のナーシャの顔は、本物だった。
(第38話へ続く)




