第36話「弟子入り志願」
初夏の朝、見知らぬ若い女性が研究所を訪ねてきた。
十七、八歳ほどだろうか。小さな体に大きな荷物を背負って、きっちりと背筋を伸ばしていた。
「あの……エリーゼ様のご研究所は、こちらでしょうか」
「はい、そうですが」
「私、ナーシャと申します。弟子にしていただきたくて、参りました」
◆
私はしばらく、その言葉を受け取った。
弟子。
以前、フェンとの会話の中で「いつか弟子を取りたい」と話したことがある。でも、まさか本当に志願者が来るとは思っていなかった。
「……どこからいらしたのですか」
「王都から二日ほど東の村です。村に薬師がいなくて、困っている方が多くて——薬の知識を学びたいと、ずっと思っていました」
「なぜ私のところへ」
ナーシャが少し緊張した様子で言った。
「ギルドに行ったのですが、登録料と試験料が高くて……。それで、聖獣の伴侶の方が研究所を開いていると聞いて。もしかしたら、と思って」
◆
フェンが縁側からナーシャを見た。
ナーシャがフェンに気づいて、小さく息をのんだ。それから、ぐっと顔を上げた。
「……フェンリル様、ですよね」
「そうだ」
「す、すごい……。本当にいらっしゃるんですね」
「当然だ」
ナーシャが「は、はい」と答えた。怖がってはいたが、逃げなかった。
フェンが私を見た。「——まあ、いい」とだけ言った。
◆
私は少し考えてから、ナーシャに聞いた。
「薬草の知識は、今どれくらいありますか」
「村のお婆さんに少し教えてもらった程度です。カモミールとミントと、解熱によく使うハーブくらいは」
「文字は読めますか」
「はい。計算も、基本的なものは」
「体力は?」
「畑仕事をずっとしていたので、それなりには」
答えがはっきりしていた。見栄を張らず、背伸びもしない。
私はもう一度、ナーシャを見た。
◆
「……一つだけ聞かせてください」
「はい」
「なぜ、村に帰りたいのですか」
ナーシャが少し目を丸くした。
「……困っている人が、そこにいるからです」
「難しいですよ。薬草の知識を得るには時間がかかります。ギルドのような資格が取れるわけでもない」
「わかっています」
「それでも」
「はい。それでも来ました」
◆
私は少しの間、黙った。
困っている人が、そこにいるから。
それだけで、遠くから来た。
あの七年間、私は誰かのために動いていたつもりだったが——本当に誰かを思って動けていたかどうか、今でもわからない。この子には、最初からそれがあった。
「……三日間、試しに来てみてください。朝から夕方まで、研究所の仕事を一緒にやってもらいます。その後で、お互いに決めましょう」
ナーシャの目が、大きく輝いた。
「本当ですか!」
「本当です。ただし、フェンが嫌がったら終わりです」
フェンが「俺は何も言っていない」と言った。
「つまり構わないということですよね」
「……まあ、いい」
◆
その夜、殿下への手紙に書いた。
「今日、弟子志願者が来ました。三日間試してみることにしました」
返事はすぐに来た。
「それは良かった。……あなたに師匠ができたのですね、弟子が」
私は少しだけ、その言葉に笑った。
師匠、か。
離縁状を受け取ったあの朝には、想像もしなかった言葉だった。
でも——今の私には、少しだけ似合う気がした。
(第37話へ続く)




