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第36話「弟子入り志願」

 初夏の朝、見知らぬ若い女性が研究所を訪ねてきた。


 十七、八歳ほどだろうか。小さな体に大きな荷物を背負って、きっちりと背筋を伸ばしていた。


「あの……エリーゼ様のご研究所は、こちらでしょうか」


「はい、そうですが」


「私、ナーシャと申します。弟子にしていただきたくて、参りました」



 私はしばらく、その言葉を受け取った。


 弟子。


 以前、フェンとの会話の中で「いつか弟子を取りたい」と話したことがある。でも、まさか本当に志願者が来るとは思っていなかった。


「……どこからいらしたのですか」


「王都から二日ほど東の村です。村に薬師がいなくて、困っている方が多くて——薬の知識を学びたいと、ずっと思っていました」


「なぜ私のところへ」


 ナーシャが少し緊張した様子で言った。


「ギルドに行ったのですが、登録料と試験料が高くて……。それで、聖獣の伴侶の方が研究所を開いていると聞いて。もしかしたら、と思って」



 フェンが縁側からナーシャを見た。


 ナーシャがフェンに気づいて、小さく息をのんだ。それから、ぐっと顔を上げた。


「……フェンリル様、ですよね」


「そうだ」


「す、すごい……。本当にいらっしゃるんですね」


「当然だ」


 ナーシャが「は、はい」と答えた。怖がってはいたが、逃げなかった。


 フェンが私を見た。「——まあ、いい」とだけ言った。



 私は少し考えてから、ナーシャに聞いた。


「薬草の知識は、今どれくらいありますか」


「村のお婆さんに少し教えてもらった程度です。カモミールとミントと、解熱によく使うハーブくらいは」


「文字は読めますか」


「はい。計算も、基本的なものは」


「体力は?」


「畑仕事をずっとしていたので、それなりには」


 答えがはっきりしていた。見栄を張らず、背伸びもしない。


 私はもう一度、ナーシャを見た。



「……一つだけ聞かせてください」


「はい」


「なぜ、村に帰りたいのですか」


 ナーシャが少し目を丸くした。


「……困っている人が、そこにいるからです」


「難しいですよ。薬草の知識を得るには時間がかかります。ギルドのような資格が取れるわけでもない」


「わかっています」


「それでも」


「はい。それでも来ました」



 私は少しの間、黙った。


 困っている人が、そこにいるから。


 それだけで、遠くから来た。


 あの七年間、私は誰かのために動いていたつもりだったが——本当に誰かを思って動けていたかどうか、今でもわからない。この子には、最初からそれがあった。


「……三日間、試しに来てみてください。朝から夕方まで、研究所の仕事を一緒にやってもらいます。その後で、お互いに決めましょう」


 ナーシャの目が、大きく輝いた。


「本当ですか!」


「本当です。ただし、フェンが嫌がったら終わりです」


 フェンが「俺は何も言っていない」と言った。


「つまり構わないということですよね」


「……まあ、いい」



 その夜、殿下への手紙に書いた。


 「今日、弟子志願者が来ました。三日間試してみることにしました」


 返事はすぐに来た。


 「それは良かった。……あなたに師匠ができたのですね、弟子が」


 私は少しだけ、その言葉に笑った。


 師匠、か。


 離縁状を受け取ったあの朝には、想像もしなかった言葉だった。


 でも——今の私には、少しだけ似合う気がした。


(第37話へ続く)

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