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第34話「第一王子」

 アルヴィン第一王子から招待状が届いたのは、城下の市場から帰って三日後のことだった。


 「聖獣の伴侶として、また薬師としてご活躍とのこと、兄として弟の友人に関心を持っております。よろしければ一度、王城にてお茶でもいかがでしょうか」


 私はしばらく、その文面を読んだ。


 丁寧だった。柔らかかった。


 でも——何かが、ひっかかった。



「フェン」


「読んだ」


「……どう思いますか」


 フェンが少しの間、黙った。


「行くかどうかは、お前が決めることだ」


「フェンはどう感じましたか」


「……測っている」


「測っている?」


「お前を。どういう人間か、何を持っているか」


 私はもう一度、招待状を見た。


 確かに——この手紙には、ただの挨拶以上の何かが含まれている気がした。



 カイル殿下に手紙を書くと、翌朝返事が来た。


 「兄から連絡があったことは聞いていました。断っていただいて構いません。ただ——断ったことで何か不便が生じないよう、俺が話しておきます」


 私はその手紙を読んで、少しだけ息をついた。


 殿下は断ることを勧めていた。でも——逃げる理由も、私にはなかった。


 「お受けします」と返事を書いた。殿下から「わかりました。同席させてください」と来た。



 王城の一室で、アルヴィン殿下は穏やかに微笑んでいた。


 二十代後半、カイル殿下より数歳上。柔らかい印象の顔立ちで、物腰も優しかった。でも——その目が、静かに私を観察していた。


「ヴァルハイン家のエリーゼさん。お会いできて光栄です」


「こちらこそ」


「フェンリルも来てくれたのですね」


 フェンが無言でアルヴィン殿下を見た。アルヴィン殿下が少しだけ、視線を逸らした。



 お茶は穏やかに進んだ。


 研究所のこと、薬草のこと、夜会の評判——会話は丁寧で、障りがなかった。カイル殿下が隣で時々補足を入れた。


 ひととおり話したあと、アルヴィン殿下が静かに言った。


「エリーゼさん。カイルのことを、よく思ってくださっているようですね」


「……はい。お世話になっています」


「カイルも、あなたのことを大切に思っているようです」


 私は何も言わなかった。


「兄として——弟が誰かを大切にすることは、嬉しいことです。ただ、王家に関わる方には、それ相応の立場が求められます。あなたはそれを、わかっておられますか」



 静かな問いだった。


 圧力というより——確認だった。私がどれだけのものを引き受ける覚悟があるか、測っている。フェンが言った通りだった。


 私はしばらく考えた。


「……わかっているとは、まだ言えません」


 アルヴィン殿下の目が、少し動いた。


「正直なお答えですね」


「嘘をついても仕方がないので。ただ——今の私にできることを、きちんとやっていくつもりです。それだけは申し上げられます」



 帰り道、カイル殿下が私の隣を歩いた。


「……大丈夫でしたか」


「はい。想定の範囲でした」


「兄は、悪い人ではありません。ただ——」


「測る人ですよね」


 殿下が少し目を細めた。


「そう言っていましたか」


「フェンが」


 フェンが「正確だろう」と言った。


 殿下がしばらく黙った。それから静かに言った。


「……俺は、あなたに無理をしてほしくはありません。兄の問いに、答えられなくてよかった」


「でも、逃げたくはなかったので」


「それも、知っています」


 殿下の声が、少しだけ柔らかかった。


 フェンが私の隣を、無言で歩いた。


 測られることも、問われることも——今の私には、怖くなかった。


 それが、あの七年間と今の一番の違いだと思った。


(第35話へ続く)

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