第34話「第一王子」
アルヴィン第一王子から招待状が届いたのは、城下の市場から帰って三日後のことだった。
「聖獣の伴侶として、また薬師としてご活躍とのこと、兄として弟の友人に関心を持っております。よろしければ一度、王城にてお茶でもいかがでしょうか」
私はしばらく、その文面を読んだ。
丁寧だった。柔らかかった。
でも——何かが、ひっかかった。
◆
「フェン」
「読んだ」
「……どう思いますか」
フェンが少しの間、黙った。
「行くかどうかは、お前が決めることだ」
「フェンはどう感じましたか」
「……測っている」
「測っている?」
「お前を。どういう人間か、何を持っているか」
私はもう一度、招待状を見た。
確かに——この手紙には、ただの挨拶以上の何かが含まれている気がした。
◆
カイル殿下に手紙を書くと、翌朝返事が来た。
「兄から連絡があったことは聞いていました。断っていただいて構いません。ただ——断ったことで何か不便が生じないよう、俺が話しておきます」
私はその手紙を読んで、少しだけ息をついた。
殿下は断ることを勧めていた。でも——逃げる理由も、私にはなかった。
「お受けします」と返事を書いた。殿下から「わかりました。同席させてください」と来た。
◆
王城の一室で、アルヴィン殿下は穏やかに微笑んでいた。
二十代後半、カイル殿下より数歳上。柔らかい印象の顔立ちで、物腰も優しかった。でも——その目が、静かに私を観察していた。
「ヴァルハイン家のエリーゼさん。お会いできて光栄です」
「こちらこそ」
「フェンリルも来てくれたのですね」
フェンが無言でアルヴィン殿下を見た。アルヴィン殿下が少しだけ、視線を逸らした。
◆
お茶は穏やかに進んだ。
研究所のこと、薬草のこと、夜会の評判——会話は丁寧で、障りがなかった。カイル殿下が隣で時々補足を入れた。
ひととおり話したあと、アルヴィン殿下が静かに言った。
「エリーゼさん。カイルのことを、よく思ってくださっているようですね」
「……はい。お世話になっています」
「カイルも、あなたのことを大切に思っているようです」
私は何も言わなかった。
「兄として——弟が誰かを大切にすることは、嬉しいことです。ただ、王家に関わる方には、それ相応の立場が求められます。あなたはそれを、わかっておられますか」
◆
静かな問いだった。
圧力というより——確認だった。私がどれだけのものを引き受ける覚悟があるか、測っている。フェンが言った通りだった。
私はしばらく考えた。
「……わかっているとは、まだ言えません」
アルヴィン殿下の目が、少し動いた。
「正直なお答えですね」
「嘘をついても仕方がないので。ただ——今の私にできることを、きちんとやっていくつもりです。それだけは申し上げられます」
◆
帰り道、カイル殿下が私の隣を歩いた。
「……大丈夫でしたか」
「はい。想定の範囲でした」
「兄は、悪い人ではありません。ただ——」
「測る人ですよね」
殿下が少し目を細めた。
「そう言っていましたか」
「フェンが」
フェンが「正確だろう」と言った。
殿下がしばらく黙った。それから静かに言った。
「……俺は、あなたに無理をしてほしくはありません。兄の問いに、答えられなくてよかった」
「でも、逃げたくはなかったので」
「それも、知っています」
殿下の声が、少しだけ柔らかかった。
フェンが私の隣を、無言で歩いた。
測られることも、問われることも——今の私には、怖くなかった。
それが、あの七年間と今の一番の違いだと思った。
(第35話へ続く)




