表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
30/182

第30話「夜会にて」

 王城の大広間は、思っていたより明るかった。


 無数のろうそくが天井から吊り下がり、床に敷き詰められた白い石が光を跳ね返している。人々の衣装が、その光の中で揺れていた。


 私は入り口で一度だけ、深く息を吸った。



「緊張していますか」


 殿下が隣で、低く言った。


「……少しだけ」


「そうは見えません」


「見えないようにしているだけです」


 殿下が静かに微笑んだ。


 フェンが私の左に並んで、大広間を見渡した。人々がざわめいた——主にフェンの存在に。当然だった。王城の夜会に聖獣が現れたのは、おそらく初めてのことだろう。


「視線が多い」


「フェンが来たからです」


「半分はお前にも向いている」


 私はそれには答えなかった。



 しばらくして、女性が一人近づいてきた。


「エリーゼ様?」


 聞き覚えのある声だった。


「……マーゴット様」


 マーゴット・レインズ——七年前、何度か夜会でご一緒したことのある伯爵令嬢。今は誰かの奥方になっているはずだった。


「まあ、お久しぶり。聖獣の伴侶というのはあなたのことだったの! 噂には聞いていたけれど」


「はい。おかげさまで、今はよくやっています」


 マーゴット様は私をじっと見て、それからにっこり笑った。


「よかった。……あの頃のあなたは少し顔色が悪かったから」


 直接的な言い方だった。でも、悪意はなかった。


「今の方がよほどいい顔をしていますよ」


「……ありがとうございます」



 その後も、二、三人の方が声をかけてくれた。


 七年前を知っている人たちだった。伯爵家の奥方として夜会に出ていた頃の私を知っている人たち。その中には、あの頃の私が少し羨ましいと思っていた人もいたかもしれない。


 でも今夜は——何も怖くなかった。


 私は誰かの妻として、この場にいるわけではなかった。離縁された身として縮こまっているわけでもなかった。


 薬師として、聖獣の伴侶として、私自身として——立っていた。



 少し静かな場所へ移動したとき、殿下が隣に来た。


「どうですか」


「……思っていたより、大丈夫でした」


「それは良かった」


「殿下が隣にいてくれたからだと思います」


 殿下が少しだけ目を細めた。


「俺がいなくても、あなたは大丈夫だったと思います」


「そうでしょうか」


「今夜のあなたを見ていればわかります」


 何と答えればいいか、少し迷った。


「……でも、いてくれる方が、よかったです」


 殿下が静かに「それは俺も同じです」と言った。



 夜が深くなる頃、フェンが私の隣で低く唸った。


「……疲れたか」


「少し」


「帰るか」


「もう少しだけ」


 フェンが鼻先を私の肩に押しつけた。そっと、静かに。


「……わかった」


 大広間の灯りが、ゆっくりと揺れていた。


 七年前、私はこういう場所でいつも少しだけ、自分の居場所がないような気がしていた。隣に誰かがいても——誰も、本当の意味では私を見ていなかった気がした。


 でも今夜は。


 右に殿下。左にフェン。


 どちらも、ちゃんと私を見ていた。


 それだけで——十分だった。


(第31話へ続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ