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第29話「王城の夜会へ」

 殿下が畑に来てから数日後、また手紙が届いた。


 今度は少し長かった。几帳面な小さい字が、いつもより多く並んでいた。


 「来月、王城で春の夜会があります。例年、王家と縁のある方々をお招きする形式です。今年、俺はあなたをお誘いしたいと思っています。聖獣の伴侶として、というだけでなく——俺の隣に来てほしいと思っています。無理であれば断っていただいて構いません」


 最後に、一行だけ付け足してあった。


 「フェンリルも当然来ると思っています」


 私はしばらく、その手紙を見つめた。



「フェン」


「読んだ」


「……どう思いますか」


「行くかどうか聞いているのか」


「そうです」


 フェンが少しの間、黙った。


「お前はどう思う」


「行ってみたいと思っています。ただ、七年ぶりの夜会です。勝手が変わっているかもしれない」


「俺がいる」


「……それは心強いですが、フェンが夜会の場にいること自体が、また大事になりませんか」


「聖獣が夜会に出ることへの苦情は、俺が聞かない」


 それは確かに最強の回答だった。



 返事を書くとき、少し迷った。


 「俺の隣に来てほしい」——それは夜会の話だけではない気がした。殿下のことだから、言葉を選んでいる。ちゃんと意味を込めている。


 でも——怖くはなかった。


 七年前だったら怖かったかもしれない。誰かの隣に立つということが、どれだけ重いことか、あの七年間で嫌というほど知っていた。


 でも今は。


 私は静かに筆を取って、「喜んでお受けします。フェンも参ります」と書いた。



 夜会の前日、母が久しぶりにドレスを出してきた。


「エリーゼ、サイズを確認しましょう」


「そんな大げさにしなくても」


「王城の夜会よ。大げさにしないでどうするの」


 母が楽しそうに笑いながら、青みがかった銀灰色のドレスを広げた。


「これはお前の結婚前のものだけど、色が変わらないから今でも使えると思う。少し直せばいい」


「……母様、なぜそんなに嬉しそうなのですか」


「だって」母が目を輝かせた。「カイル殿下のお誘いで夜会でしょう。嬉しいに決まっているじゃない」


 私は何も言えなかった。


 フェンが縁側から「うるさい」と言ったが、いつもほど力がなかった。



 当日の朝、殿下が迎えに来た。


 改まった格好だった。いつもの軽装ではなく、王家の紋章が入った上着を着ていた。それでも、立ち姿はいつも通り静かだった。


 私を見て、一瞬だけ目を止めた。


「……きれいですね」


「ありがとうございます」


「似合っています」


「ありがとうございます」


「もう一度言います。きれいです」


 私は少し困った。こういうとき、どう答えればいいのかまだわからなかった。


「……殿下も、お似合いです」


「ありがとうございます」


 殿下が静かに微笑んだ。


 フェンが私の隣に来て、殿下を上から下まで見た。


「……まあ、いい」


「フェンリルからそう言っていただけると、光栄です」


「光栄に思え」



 王城へ向かう馬車の中、三人で並んで座った。


 正確には、私と殿下が向かい合って、フェンが私の隣に収まった。馬車の半分くらいを占領した。


「……フェン、少し詰めてください」


「これ以上詰められない」


「嘘です」


「詰めたくない」


 殿下が向かいで、静かに笑いをこらえていた。


「エリーゼさん」


「はい」


「楽しんでください。今日は、あなたのための夜会でもあります」


「私のための、とは」


「あなたが王城に堂々と立てる場として、俺が用意しました」


 静かな声だった。


 私はしばらく、その言葉の意味を考えた。


 堂々と立てる場。離縁された身として、縮こまることなく。聖獣の伴侶として、薬師として、自分自身として。


「……ありがとうございます」


「礼には及びません」


「いいえ、及びます。何度でも言います」


 殿下が少しだけ、目を細めた。


 フェンがため息をついた。でも今日は、それが少し温かく聞こえた。


(第30話へ続く)

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