第29話「王城の夜会へ」
殿下が畑に来てから数日後、また手紙が届いた。
今度は少し長かった。几帳面な小さい字が、いつもより多く並んでいた。
「来月、王城で春の夜会があります。例年、王家と縁のある方々をお招きする形式です。今年、俺はあなたをお誘いしたいと思っています。聖獣の伴侶として、というだけでなく——俺の隣に来てほしいと思っています。無理であれば断っていただいて構いません」
最後に、一行だけ付け足してあった。
「フェンリルも当然来ると思っています」
私はしばらく、その手紙を見つめた。
◆
「フェン」
「読んだ」
「……どう思いますか」
「行くかどうか聞いているのか」
「そうです」
フェンが少しの間、黙った。
「お前はどう思う」
「行ってみたいと思っています。ただ、七年ぶりの夜会です。勝手が変わっているかもしれない」
「俺がいる」
「……それは心強いですが、フェンが夜会の場にいること自体が、また大事になりませんか」
「聖獣が夜会に出ることへの苦情は、俺が聞かない」
それは確かに最強の回答だった。
◆
返事を書くとき、少し迷った。
「俺の隣に来てほしい」——それは夜会の話だけではない気がした。殿下のことだから、言葉を選んでいる。ちゃんと意味を込めている。
でも——怖くはなかった。
七年前だったら怖かったかもしれない。誰かの隣に立つということが、どれだけ重いことか、あの七年間で嫌というほど知っていた。
でも今は。
私は静かに筆を取って、「喜んでお受けします。フェンも参ります」と書いた。
◆
夜会の前日、母が久しぶりにドレスを出してきた。
「エリーゼ、サイズを確認しましょう」
「そんな大げさにしなくても」
「王城の夜会よ。大げさにしないでどうするの」
母が楽しそうに笑いながら、青みがかった銀灰色のドレスを広げた。
「これはお前の結婚前のものだけど、色が変わらないから今でも使えると思う。少し直せばいい」
「……母様、なぜそんなに嬉しそうなのですか」
「だって」母が目を輝かせた。「カイル殿下のお誘いで夜会でしょう。嬉しいに決まっているじゃない」
私は何も言えなかった。
フェンが縁側から「うるさい」と言ったが、いつもほど力がなかった。
◆
当日の朝、殿下が迎えに来た。
改まった格好だった。いつもの軽装ではなく、王家の紋章が入った上着を着ていた。それでも、立ち姿はいつも通り静かだった。
私を見て、一瞬だけ目を止めた。
「……きれいですね」
「ありがとうございます」
「似合っています」
「ありがとうございます」
「もう一度言います。きれいです」
私は少し困った。こういうとき、どう答えればいいのかまだわからなかった。
「……殿下も、お似合いです」
「ありがとうございます」
殿下が静かに微笑んだ。
フェンが私の隣に来て、殿下を上から下まで見た。
「……まあ、いい」
「フェンリルからそう言っていただけると、光栄です」
「光栄に思え」
◆
王城へ向かう馬車の中、三人で並んで座った。
正確には、私と殿下が向かい合って、フェンが私の隣に収まった。馬車の半分くらいを占領した。
「……フェン、少し詰めてください」
「これ以上詰められない」
「嘘です」
「詰めたくない」
殿下が向かいで、静かに笑いをこらえていた。
「エリーゼさん」
「はい」
「楽しんでください。今日は、あなたのための夜会でもあります」
「私のための、とは」
「あなたが王城に堂々と立てる場として、俺が用意しました」
静かな声だった。
私はしばらく、その言葉の意味を考えた。
堂々と立てる場。離縁された身として、縮こまることなく。聖獣の伴侶として、薬師として、自分自身として。
「……ありがとうございます」
「礼には及びません」
「いいえ、及びます。何度でも言います」
殿下が少しだけ、目を細めた。
フェンがため息をついた。でも今日は、それが少し温かく聞こえた。
(第30話へ続く)




