第28話「殿下と畑と、お昼寝」
殿下が畑に来たのは、ラベンダーの収穫から三日後だった。
「そのうち見に来ていいですか」という手紙の通り、本当に来た。今日は視察でも研究所の打ち合わせでもなく、ただ来た、という感じだった。軽装で、手土産に焼き菓子を持っていた。
「ラベンダーは収穫済みですよ」
「知っています。見たかったのは畑です」
「畑、ですか」
「あなたが好きな場所を見たいと思って」
さらりと言われた。
私は少し困って、「どうぞ」と案内した。
◆
畑を一緒に歩いた。
殿下は丁寧に見ていた。摘み終わったラベンダーの列、育ちのいいカモミール、まだ小さなエキナセアの苗。一つ一つに「これは何ですか」「いつ収穫しますか」と聞いてきた。
私は答えながら、少し不思議な気持ちになった。
自分の畑を誰かと一緒に歩くのが、こんなに穏やかな気持ちになるとは思わなかった。七年間、誰かと何かを「一緒に見る」ことがあまりなかった気がした。
「フェンが鼻で確認するのですね」
「はい。私が目で見て、フェンが香りで判断する。それで間違いがなくなりました」
「いいチームだ」
フェンが「当然だ」と言った。殿下が「そうですね」と答えた。
◆
昼になって、三人で畑の端に腰を下ろした。
母が用意してくれた弁当を広げた。殿下が持ってきた焼き菓子も並べた。フェンが当然のように両方を食べた。
「美味いか」
「……普通だ」
「どちらがですか」
「両方」
「それはどちらが普通ですか」
「どちらも普通に美味い」
殿下が微かに笑った。「フェンリルに普通と言っていただければ十分です」と言った。フェンが「当然だ」と言った。
風が通り、薬草の香りが流れた。遠くで小鳥が鳴いていた。
◆
食後、殿下が少し目を細めた。
「……眠くなりますね」
「畑の風は気持ちいいので」
「少し休んでもいいですか」
「どうぞ」
殿下が草の上に仰向けになって、目を閉じた。
珍しかった。あの殿下が、こんなふうに力を抜くのを見たのは初めてだった。
私はしばらく、その横顔を見ていた。いつも静かで、迷いがなくて、どこか遠い人のように見えた殿下が——今はただ、のんびりと草の上に寝ていた。
「……フェン」
「何だ」
「殿下、眠ったかもしれません」
フェンが殿下をちらりと見た。
「眠っている」
「……疲れているのでしょうか」
「王城の人間は忙しい。ここが安心できるのだろう」
私はしばらく、それを聞いていた。
安心できる場所。殿下にとって、ここが。
胸が、静かに温かくなった。
◆
しばらくして、殿下が目を開けた。
「……寝てしまいました」
「はい」
「失礼しました」
「いいえ」
殿下が起き上がって、少し目を細めた。寝起きの顔だった。珍しくて、少し可愛かった。
「……笑っていますか」
「笑っていません」
「口元が動いています」
「……気のせいです」
殿下がそれを聞いて、少しだけ頬が緩んだ。
「……あなたに笑われると、悪い気はしません」
私はまた困った。こういうとき、どう答えればいいのかいつもわからない。
フェンがため息をついた。
「……帰らないのか」
「もう少しだけ」
「……そうか」
フェンがまた草の上に伏せた。追い払わなかった。
空が青く、薬草の香りがして、殿下が隣にいた。
こんなふうに時間が流れていくことが——今は、少しも惜しくなかった。
(第29話へ続く)




