表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
28/182

第28話「殿下と畑と、お昼寝」

 殿下が畑に来たのは、ラベンダーの収穫から三日後だった。


 「そのうち見に来ていいですか」という手紙の通り、本当に来た。今日は視察でも研究所の打ち合わせでもなく、ただ来た、という感じだった。軽装で、手土産に焼き菓子を持っていた。


「ラベンダーは収穫済みですよ」


「知っています。見たかったのは畑です」


「畑、ですか」


「あなたが好きな場所を見たいと思って」


 さらりと言われた。


 私は少し困って、「どうぞ」と案内した。



 畑を一緒に歩いた。


 殿下は丁寧に見ていた。摘み終わったラベンダーの列、育ちのいいカモミール、まだ小さなエキナセアの苗。一つ一つに「これは何ですか」「いつ収穫しますか」と聞いてきた。


 私は答えながら、少し不思議な気持ちになった。


 自分の畑を誰かと一緒に歩くのが、こんなに穏やかな気持ちになるとは思わなかった。七年間、誰かと何かを「一緒に見る」ことがあまりなかった気がした。


「フェンが鼻で確認するのですね」


「はい。私が目で見て、フェンが香りで判断する。それで間違いがなくなりました」


「いいチームだ」


 フェンが「当然だ」と言った。殿下が「そうですね」と答えた。



 昼になって、三人で畑の端に腰を下ろした。


 母が用意してくれた弁当を広げた。殿下が持ってきた焼き菓子も並べた。フェンが当然のように両方を食べた。


「美味いか」


「……普通だ」


「どちらがですか」


「両方」


「それはどちらが普通ですか」


「どちらも普通に美味い」


 殿下が微かに笑った。「フェンリルに普通と言っていただければ十分です」と言った。フェンが「当然だ」と言った。


 風が通り、薬草の香りが流れた。遠くで小鳥が鳴いていた。



 食後、殿下が少し目を細めた。


「……眠くなりますね」


「畑の風は気持ちいいので」


「少し休んでもいいですか」


「どうぞ」


 殿下が草の上に仰向けになって、目を閉じた。


 珍しかった。あの殿下が、こんなふうに力を抜くのを見たのは初めてだった。


 私はしばらく、その横顔を見ていた。いつも静かで、迷いがなくて、どこか遠い人のように見えた殿下が——今はただ、のんびりと草の上に寝ていた。


「……フェン」


「何だ」


「殿下、眠ったかもしれません」


 フェンが殿下をちらりと見た。


「眠っている」


「……疲れているのでしょうか」


「王城の人間は忙しい。ここが安心できるのだろう」


 私はしばらく、それを聞いていた。


 安心できる場所。殿下にとって、ここが。


 胸が、静かに温かくなった。



 しばらくして、殿下が目を開けた。


「……寝てしまいました」


「はい」


「失礼しました」


「いいえ」


 殿下が起き上がって、少し目を細めた。寝起きの顔だった。珍しくて、少し可愛かった。


「……笑っていますか」


「笑っていません」


「口元が動いています」


「……気のせいです」


 殿下がそれを聞いて、少しだけ頬が緩んだ。


「……あなたに笑われると、悪い気はしません」


 私はまた困った。こういうとき、どう答えればいいのかいつもわからない。


 フェンがため息をついた。


「……帰らないのか」


「もう少しだけ」


「……そうか」


 フェンがまた草の上に伏せた。追い払わなかった。


 空が青く、薬草の香りがして、殿下が隣にいた。


 こんなふうに時間が流れていくことが——今は、少しも惜しくなかった。


(第29話へ続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ