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第3話「真の伴侶の意味」

ヴァルハイン家の門をくぐったとき、母が真っ先に飛び出してきた。


「エリーゼ! よかった、無事で……」


母の言葉が途中で止まった。

私の隣に、白銀の大狼が座っていたからだ。


「……え」


「母様、ご説明します。ただ、少し長くなりますが」


「そ、そう……そうね」


母はじっと白銀の狼を見て、白銀の狼も母をじっと見た。

それから狼は私の方に顔を向けて、ふんと鼻を鳴らした。


なぜか「この人間は問題ない」と言われた気がした。



父も、屋敷に仕える者たちも、全員が仰天した。


「離縁状は……そうか。ウィレムめ……」と父は唇を噛み、「エリーゼ、よく帰ってきた」と短く言った。それだけで十分だった。


白銀の狼については、誰も近づこうとしなかった。

ただ私の隣にいて、床に伏せて、金色の瞳でのんびりと辺りを眺めている。危害を加える気配はない。むしろ、なぜか場の空気が穏やかになる気がした。


「これほどの大きさの白狼は……聞いたことがない」


父が書斎から古い書物を持ち出してきた。貴族の嗜みとして、父は博識だった。


「伝説に、聖獣の記述がある。白銀の毛並みを持つ大狼。金色の瞳。数百年に一度、この世に現れ——真の伴侶を選ぶ、と」


父の声が、最後だけ少し震えた。


私は白銀の狼を見た。

狼は私を見た。


「……本当に、そうなのですか」


問いかけると、狼はゆっくりと立ち上がった。


そして——言葉が、聞こえた。


今度は心の中ではなかった。確かに、耳に届く声だった。低く、静かな、しかしどこか深みのある声。


「そうだ」


私は瞬きをした。


「……喋れるのですか」


「今は、お前に届く程度しか発せない。だが、伝わるだろう」


狼はゆっくりと私の前に来て、大きな頭を私の胸の前に置いた。見上げてくる金色の瞳が、真剣だった。


「俺の名はフェンリル。聖獣だ。数百年、お前を探していた」


「私を……?」


「お前が、俺の真の伴侶だ」


静寂が落ちた。


父が書物を取り落とした音がした。母が小さく悲鳴を上げた。

私はただ、その金色の瞳を見つめていた。


真の伴侶。

聖獣が、数百年かけて選ぶ、たった一人の存在。


「……なぜ、私なのですか」


七年間、誰かの役に立つために生きてきた。夫にとっても、侯爵家にとっても、最後は不要だった。そんな私が、伝説の聖獣に選ばれる理由など——


「魂の質だ」


フェンリルが静かに言った。


「俺には、人の魂が見える。お前の魂は、七年間ずっと傷ついていた。それでも折れなかった。俺が探していたのは、そういう魂だ」


胸が、詰まった。


七年間、泣けなかった。怒れなかった。感情が遠くに行ったままだった。それでも、折れなかった——


「……それだけで、十分なのですか」


「十分だ」


あっさりと答えが返ってきた。

金色の瞳に、迷いはなかった。



その夜、ヴァルハイン家に王都の使者が来た。


「エリーゼ・ヴァルハイン様に聖獣が随伴しているとの報告を受け、確認のため参りました」


使者は玄関でフェンリルを見た瞬間、顔を青くして深々と頭を下げた。


「……確認いたしました。本物でございます。ただちに王城へ報告申し上げます」


使者が去った後、父が静かに言った。

「エリーゼ、明日からこの話は国中に広まる」


わかっていた。

聖獣が伴侶を選んだという話は、数百年ぶりのことだ。止められるはずがない。


私はフェンリルを見た。

大きな白銀の狼は私の隣で悠然と座って、金色の瞳で使者が去った方向を眺めていた。


「……あなたは、これからどうするつもりですか」


「お前のそばにいる。それだけだ」


「そんな簡単に……」


「簡単だ」


フェンリルは私に顔を向けた。

金色の瞳が、穏やかに細まった。


「お前が行くところへ行く。お前がいるところにいる。文句があるか」


「……ありません」


文句などあるはずがなかった。

ただ、胸が温かかった。


七年間忘れていた感覚が、またひとつ戻ってきた気がした。


そして翌朝——国中に報が広まるのに、そう時間はかからなかった。聖獣に選ばれたのは、ガーランド侯爵家を離縁されたばかりの元侯爵夫人だと。


あの屋敷で今ごろ何が起きているかは、想像に難くなかった。


(第4話へ続く)

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