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第26話「静かな裁定」

 王城の一室に通されたとき、ハロルド・クレインはすでに着席していた。


 五十代半ばの男性だった。肉付きのいい体格に、いかにも貫録のある風貌。ただ、私たちが入ってきた瞬間に——フェンを見た瞬間に——その顔に、わずかに動揺が走った。


 フェンは何もしていない。ただ、私の隣に立っていた。それだけで十分だった。



 殿下が対面に座って、静かに口を開いた。


「ハロルド・クレイン副ギルドマスター。本日は王家の調査結果について、ご説明します」


「……ええ、もちろんです。ただ、私にはまったく——」


「最初に事実を確認します」


 殿下が遮った。穏やかな声だったが、有無を言わせない重みがあった。


 資料が広げられた。品質記録の数値。印章の管理記録。複数の製品にわたる偽造の痕跡。


 クレインの顔が、少しずつ険しくなっていった。



「この記録の書き換えに使われた印章は、副ギルドマスター室が管理するものです」


「そ、それは——部下が勝手に」


「部下の方の供述も取りました」


 殿下が静かに言った。


「指示は副ギルドマスターから出ていたと、複数名が証言しています」


 クレインが黙った。


 少しの間があって、それから彼は私を見た。品定めするような目だった。何かを探っているような目だった。


「……あなたが、聖獣の伴侶とやらですか」


「はい」


「ご大層な肩書きを盾に、ギルドの業務を妨害された」


「妨害はしていません」


 私は静かに答えた。


「薬が必要な方に、薬をお渡ししただけです」


「資格もなく薬を——」


「聖獣の加護を持つ薬師には、特例条項があります。王国薬師法第十七条、第三項。副ギルドマスターであれば、ご存じのはずです」



 クレインが黙った。


 私は続けた。声は静かなままだった。怒鳴る必要はなかった。


「私の研究所では、解熱剤の主成分を処方規定量の通りに配合しています。フェンが香りで確認し、私が効能で確認する。二重に確認してから患者にお渡しします」


「……それが何だと」


「ギルドの登録薬品の一部は、主成分が規定量の半分以下でした。薬として機能しない濃度です」


 クレインの顔が、少し変わった。


「それを知っていながら定価で販売し、差額を——どこへ使ったかは、今も調査中だそうですが」


「証拠はない」


「あります」


 殿下が静かに言った。


「ギルドの会計帳簿と、副ギルドマスターの個人資産の動きを照合しました。相関が認められます」



 しばらく、沈黙が続いた。


 クレインが私を見た。今度は品定めではなく、別の目だった。どこか、追い詰められた目だった。


「……お前のような女が、なぜ」


「なぜ、とは」


「離縁されて実家に戻った身の上で、なぜ王家の後ろ盾などという——」


「それはこの件と関係がありません」


 私は静かに遮った。


「私の経歴は今日の議題ではない。ギルドが患者に偽の薬を売り、その利益を横領し、正当な活動を不当に妨害した——その事実が今日の議題です」


 クレインが黙った。


 殿下がゆっくりと口を開いた。


「ハロルド・クレイン副ギルドマスター。王家として、以下の処分を通知します。薬師ギルド副ギルドマスター職の即日解任。品質偽造に関わる全製品の販売停止。横領の疑いについては、引き続き調査を行います」



 部屋を出たとき、フェンが私の隣を歩いた。


「……よくやった」


「そうでしょうか」


「声が震えなかった」


「震えそうではありましたが」


「そうは見えなかった」


 私は少し考えた。怖くなかったといえば嘘だった。でも——逃げたいとは思わなかった。あの部屋の中で、言うべきことを言えた。それで十分だと思った。


 殿下が後ろから来て、私の隣に並んだ。


「お疲れ様でした」


「ありがとうございます。……殿下こそ」


「俺はいつも通りです」


「いつも通り、頼りになりました」


 殿下が少しだけ、目を細めた。


 フェンが私とは反対側の隣を、無言で歩いた。


 左にフェン、右に殿下。


 どちらも、今日ここにいてくれた。


 それが——今日の一番の心強さだった。


(第27話へ続く)

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