第24話「ギルドからの手紙」
研究所を開いて十日ほどが経ったある朝、一通の手紙が届いた。
差出人は「王国薬師ギルド 副ギルドマスター ハロルド・クレイン」とあった。
内容は、丁寧な文面に包まれていたが、要旨はこうだった。
「正式な薬師資格を持たない者が調合・提供する薬は、王国薬師法の規定に抵触する恐れがある。つきましては、活動の一時停止と、ギルドへの届け出を求める」
私はしばらく、その手紙を見つめた。
「……フェン」
「読んだ」
「どう思いますか」
「嫌がらせだ」
フェンが短く言った。
◆
父に見せると、父の顔が険しくなった。
「……王国薬師法というのは確かにある。だが、聖獣の加護を持つ薬師については、特例条項が設けられているはずだ。クレイン副ギルドマスターが知らないわけがない」
「では、なぜ」
「知っていて、言っている」
父が手紙を畳んで、テーブルに置いた。
「エリーゼ。お前の研究所は、開いて十日で近隣に広まった。薬師ギルドにとって、それは困る話だ」
「困る、とは」
「お前が無料で薬を出し、払えない人間には別の形で対応するという噂が立っている。ギルドに登録している薬師は、ギルドの定めた価格で薬を売らなければならない。それより安くできないし、無料にもできない」
私は静かに聞いていた。
「お前の存在が、ギルドの商売を脅かしていると判断した誰かが、動いたということだ」
◆
その日の午後、カイル殿下に手紙を書いた。
状況を説明して、「このような件は王家の管轄ですか、それとも別の窓口がありますか」と聞いた。返事は翌朝には来た。几帳面な小さい字で、こう書かれていた。
「聖獣の伴侶の活動に対してギルドが圧力をかけることは、王家として見過ごせません。明日、直接お話を聞かせてください」
その夜、フェンが私の隣でぽつりと言った。
「怖いか」
「……少し」
「正直だな」
「嘘をついても仕方がないので」
フェンが私の肩に頭を乗せた。重かった。いつも通り。
「お前は何も悪いことをしていない」
「わかっています」
「わかっているなら、怖がらなくていい」
「怖がることと、悪いことをしたかどうかは、別の話です」
フェンが少しの間、黙った。
「……そうだな」
「ただ、フェンがいるから大丈夫だと思っています」
「当然だ」
◆
翌朝、殿下がヴァルハイン家へ来た。
手紙を見せると、殿下がゆっくりと読んで、それから静かに目を細めた。
「……ハロルド・クレインは、ギルドの中でも利権に敏感な人物として知られています」
「ご存じだったのですか」
「名前だけは。ただ、こういう動き方をするとは思いませんでした」
殿下が手紙を畳んで、私に返した。
「エリーゼさん。これは、あなたの研究所が認められている証拠でもあります」
「……そういう見方もあるのですね」
「影響力のない相手を、わざわざ潰しにはいかない」
確かに、そうかもしれなかった。
「ただ、放置すると面倒なことになります。王家の名のもとで正式に調査を入れましょう。聖獣の加護を持つ薬師への特例は、法典に明記されています。向こうの主張には根拠がない」
殿下の声は静かだったが、迷いがなかった。
◆
フェンが殿下をじっと見た。
「……お前は、動くのが早い」
「あなたが待っているからです」
「俺ではなくエリーゼのことだろう」
「そうです」
フェンが鼻から息を抜いた。それから少しだけ、目を細めた。
「……認める」
「何をですか」
「お前が、エリーゼの役に立っていることを」
殿下が少し驚いたような顔をして、それからゆっくりと「ありがとうございます」と言った。
私はその二人のやり取りを見ながら、少し笑った。
ギルドの手紙は確かに不快だった。でも——何かあったとき、隣に立ってくれる人がいる。それだけで、怖さの半分は消えていた。
(第25話へ続く)




