第236話「十年後」
あの日から、さらに十年の月日が流れた。
「お母様、行ってきます」
朝の光の中、すっかり大人びたエリナが、旅装を整えて居間に現れた。
十六歳になったエリナは、もう立派な薬草師として、王都の学び舎で正式に学び始めていた。
「気をつけて。……手紙、待っていますね」
私がそう言うと、エリナは微笑んで頷いた。
「はい。……必ず、書きます」
その凛とした佇まいに、私はかつての自分を重ねた。
七年前、何も持たずに屋敷を出た朝と、今、希望を胸に旅立つエリナの朝。
同じ「旅立ち」でも、まるで違う意味を持っていた。
カイルが、エリナの荷物を馬車に積みながら、感慨深げに呟いた。
「本当に、大きくなったな」
「はい。……あっという間でした」
私がそう答えると、カイルは静かに私の肩を抱いた。
「お前に似て、芯の強い子に育った」
「あなたに似て、優しい子にも」
私がそう返すと、カイルは小さく笑った。
馬車が発つ間際、フェンがエリナのもとへ近づいた。
「エリナ。……立派に、学んでこい」
「はい、フェン。……ありがとう、今までずっと守ってくれて」
その言葉に、フェンは静かに目を細めた。
「お前が困ったときは、いつでも駆けつける。……この背に乗って」
「はい。……頼りにしています」
エリナは、フェンの首に、そっと抱きついた。
馬車が走り出すと、エリナは何度も振り返って、手を振ってくれた。
その姿が見えなくなるまで、私たちは静かに見送り続けた。
「寂しくなるな」
カイルが、静かに呟いた。
「はい。……でも、誇らしい気持ちのほうが、ずっと大きいです」
私がそう答えると、カイルは静かに頷いた。
薬草園に、新しい静けさが訪れていた。
けれど、それは寂しさだけではない。
子が巣立っていく、確かな成長の証だった。
私はその事実を、静かに、けれど深く胸に刻んだ。
(第237話へ続く)




