第222話「はじめてのことば」
エリナが歩き始めてから、また新しい変化が訪れていた。
「まんま……まんま」
ある朝、食卓についたエリナが、小さな声でそう繰り返した。
「今、何と」
私は思わず、手を止めた。
「まんま」
エリナは、もう一度はっきりとそう言って、私を見上げた。
「まんま、って……」
私は胸がいっぱいになって、思わずエリナを抱き上げた。
「エリナ、上手ですね……!」
その声に、台所からマーサさんが飛んできた。
「本当ですか! 初めての言葉ですね」
マーサさんも、目を潤ませながらエリナの頭を撫でた。
その様子を聞きつけて、カイルが慌てて駆けつけてきた。
「本当か。……何と言ったんだ」
「まんま、です。……もしかしたら、ご飯のことかもしれません」
私がそう答えると、カイルは少しがっかりしたように呟いた。
「父上、ではないのか」
その言葉に、私は思わず笑ってしまった。
「これからですよ、きっと」
その日の午後、エリナを膝に乗せながら、カイルは根気強く語りかけていた。
「エリナ、父上、と言ってごらん」
「まんま」
「違う。……父上、だ」
「まんま!」
その繰り返しに、私は思わず噴き出してしまった。
夕方、庭先にいたフェンのもとへ、エリナを連れていった。
「フェン、聞いてください。……エリナが、言葉を話し始めました」
私がそう言うと、フェンは興味深そうに耳を立てた。
「どんな言葉だ」
「まんま、です」
その言葉に、フェンは満足げに頷いた。
「悪くない、最初の言葉だ」
その反応に、カイルが少し不満げな顔をした。
「フェンまで、そう言うのか」
「食べることは、生きることの基本だ。……何もおかしくはない」
フェンの真面目な答えに、私は思わず笑ってしまった。
その夜、寝かしつけの最中、エリナが眠そうな声で、もう一度呟いた。
「まんま……ぱぱ」
その言葉に、カイルが弾かれたように顔を上げた。
「……今、言ったか」
「はい。……言いました」
私がそう答えると、カイルの目に、じんわりと涙が浮かんだ。
小さな一言が、家族に大きな喜びを運んできていた。
(第223話へ続く)




