第221話「はじめの一歩」
エリナが一歳を迎える頃、薬草園には穏やかな日々が続いていた。
「エリナ、こちらにおいで」
私が両手を広げると、エリナはつかまり立ちをしたまま、じっとこちらを見つめた。
「もう少しですね」
マーサさんが、微笑みながら見守っていた。
エリナは、小さな足で一歩を踏み出そうとして、すぐにへたり込んでしまった。
「あー、あー」
悔しそうな声を上げるエリナに、私は思わず笑ってしまった。
「大丈夫、ゆっくりでいいのですよ」
そのとき、庭先からカイルが戻ってきた。
「ただいま。……何をしているんだ」
「エリナが、歩く練習をしています」
私がそう答えると、カイルはすぐに近づいて、腰を落とした。
「エリナ、父上のところまで来られるか」
カイルが手を広げると、エリナは興味深そうに、その手を見つめた。
そして、震える足で、もう一度立ち上がった。
「頑張れ、エリナ」
私も、静かに声をかけた。
エリナは、一歩、また一歩と、危なっかしい足取りで進み始めた。
「歩いた……! 本当に、歩きました!」
私は思わず声を上げた。
三歩ほど進んだところで、エリナはカイルの腕の中に、ぽすんと飛び込んだ。
「よくやった」
カイルは、感慨深げにエリナを抱き上げた。
その様子を、少し離れた場所からフェンが見守っていた。
「……大きくなったものだ」
フェンの声には、しみじみとした響きがあった。
「フェンにも、見てほしかったです」
私がそう言うと、フェンは静かに近づいてきた。
「次は、俺のところまで来てみるか」
フェンがそう言うと、エリナは嬉しそうに、その大きな身体に向かって手を伸ばした。
「気が早いぞ。……まだ、練習中だろう」
カイルがそう言いながらも、その顔には柔らかな笑みが浮かんでいた。
夕暮れの薬草園に、エリナの小さな足音が、また一つ増えていく。
その成長の一つ一つを、私は大切に胸に刻んでいった。
——この子が歩む道が、いつまでも明るいものでありますように。
その願いを胸に、私は静かに空を見上げた。
(第222話へ続く)




