第213話「最初の一輪」
その日の朝、森に向かうと、様子がいつもと違った。
「フェン、あれを」
私が指差した先、リヴァの周りに咲いていた青い花の一輪が、わずかに緑がかっていた。
「変化が、あったのか」
フェンも、驚いたようにその花を見つめた。
私たちが近づくと、リヴァはゆっくりと顔を上げた。
「昨夜、夢を見た」
リヴァが、静かに話し始めた。
「ミラが、笑っていた。……いつものように、俺を叱っていた」
「叱っていた、のですか」
私が尋ねると、リヴァは小さく頷いた。
「『いつまで、うずくまっているの』と。……そう言って、笑っていた」
その声には、痛みと同時に、かすかな温かさがあった。
「ミラさんらしい、夢ですね」
私がそう言うと、リヴァは静かに目を伏せた。
「俺は、間違っていたのかもしれない」
「間違っていた?」
「悲しみに沈むことが、ミラを弔うことだと思っていた。……だが」
リヴァは、ゆっくりと顔を上げた。
「それは、ただ自分を痛めつけていただけなのかもしれない」
その言葉に、フェンが静かに近づいた。
「気づいたか」
「フェン。……お前は、どうやって乗り越えた」
リヴァの問いに、フェンはしばらく考えて答えた。
「乗り越えては、いないのかもしれない。……ただ、悲しみと一緒に、歩くことを覚えただけだ」
「一緒に、歩く」
「ああ。……エリーゼと出会って、そう思うようになった」
その言葉に、リヴァは静かに私を見た。
「お前たちは、俺に何を望む」
「何も望みません」
私は静かに答えた。
「ただ、あなたが、また自分の足で立てるようになってほしいだけです」
その言葉に、リヴァの瞳から、一筋の涙がこぼれた。
それは、これまで見たどんな涙とも違う、静かな涙だった。
その涙が地面に落ちた瞬間、周囲の青い花の一輪が、ふわりと白い花に変わった。
「これは……」
私は思わず、息を呑んだ。
「悲しみが、少しだけ、和らいだ証かもしれん」
フェンが、静かにそう言った。
森に、かすかな変化の兆しが訪れていた。
完全な癒しには、まだ遠い。けれど、確かな一歩が踏み出されていた。
(第214話へ続く)




