第206話「フェンの故郷」
その夜、エリナを寝かしつけたあと、私は薬草園の縁側でフェンと二人になった。
「フェン。……昼間の話、もう少し聞かせてもらえますか」
私がそう切り出すと、フェンは静かに目を伏せた。
「……お前は、鋭いな」
「隠していること、ありますよね」
私がそう言うと、フェンはしばらく沈黙したあと、ゆっくりと口を開いた。
「レイアードの深い森は、俺の生まれ故郷だ」
その言葉に、私は息を呑んだ。
「あの森には、聖獣が集う特別な場所がある。……俺も、かつてはそこで暮らしていた」
「では、あの異変は」
「わからん。……だが、嫌な予感がする」
フェンの声は、いつになく重かった。
「以前、話したことがあったな。……聖獣が伴侶を失うと、青い花を咲かせるという伝承」
「はい。……薬草園に、あの花が咲いたことがありましたね」
私は記憶を辿りながら答えた。
「あの花の由来となった聖獣も、あの森の出身だ」
フェンは静かに続けた。
「悲しみに囚われた聖獣は、時に、自らの力を制御できなくなることがある」
「もし、それが今も」
私の問いに、フェンは重々しく頷いた。
「その者の悲しみが、森を蝕んでいる可能性がある」
その説明に、私は言葉を失った。
「フェン、あなたは、その聖獣を知っているのですか」
私が尋ねると、フェンは少し間を置いてから答えた。
「……古い友だった。数百年前、俺がまだ若い頃の話だ」
その声には、深い痛みが滲んでいた。
「もし、本当にその友が苦しんでいるなら」
フェンは静かに、けれど強い決意を込めて言った。
「俺が、行かねばならん」
その言葉に、私は静かに頷いた。
「私も、一緒に行きます」
「エリーゼ、だが」
「エリナのことは心配ですが……もし本当に助けが必要なら、私も力になりたいです」
私がそう言うと、フェンはしばらく私を見つめて、それから小さく笑った。
「相変わらず、無茶を言う」
「あなたに似たのかもしれません」
私の返しに、フェンは静かに喉を鳴らして笑った。
夜空を見上げながら、フェンは静かに呟いた。
「……待っていてくれ、リヴァ」
その名前に込められた想いの深さを、私はまだ知らなかった。
新しい旅の予感が、静かに、けれど確かに近づいていた。
(第207話へ続く)




