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第172話「湿地の村」

夜明け前、私たちは薬草園を発った。


 フェンの背に、薬箱をしっかりと括りつける。カイルが私の後ろに乗り込んだ。


「行くぞ」


 フェンの声とともに、私たちは朝靄の中を駆け出した。



 風を切って、景色が後ろへ流れていく。


 緑の丘が、やがて湿った灰色の大地へと変わっていった。


「見えてきたぞ」


 フェンが速度を緩めながら言った。



 村は想像していたよりも、ずっと静まり返っていた。


 家々の戸は固く閉ざされ、人影はほとんど見当たらない。


「エリーゼ様……ですか?」


 一人の痩せた男性が、恐る恐る姿を見せた。村長のようだった。



「はい。手紙を受け取りました」


 私が答えると、村長の顔に安堵の色が広がった。


「ああ……! 本当に、来てくださったのですね」


 彼の目には、涙が浮かんでいた。



 案内された村の集会所には、多くの病人が寝かされていた。


 高熱にうなされる子ども。発疹に苦しむ大人。その光景に、私は胸を痛めた。


「すぐに診させてください」



 私は一人一人の様子を、丁寧に確認していった。


 発疹の広がり方。熱の高さ。呼吸の様子。……予想通りの症状だった。


「やはり、湿地の毒草による中毒症状です」



「治せるのですか」


 村長が縋るように尋ねた。


「はい。ただ、材料を調合するのに、少し時間がかかります」


 私は持参した薬草を取り出しながら答えた。



「手伝う」


 カイルがすぐに袖をまくった。


「何をすればいい」


「この薬草を、細かく刻んでください。……フェンは」



「言われずとも」


 フェンはすでに水場から、清潔な水を運んできていた。


 三人で手分けをして、薬の調合を始めた。


 村人たちが不安げに、その様子を見守っている。



「エリーゼ様、これで……?」


 一人の女性が震える声で尋ねた。腕に抱いた小さな子どもの額には、玉のような汗が浮かんでいた。


「大丈夫です」


 私はその母子に微笑みかけた。



「必ず治します。……もう少しだけ、待っていてください」


 その言葉に、女性は静かに涙をこぼした。


 夕暮れが、湿地の村を静かに包んでいく。


 長い治療の夜が、これから始まろうとしていた。


(第173話へ続く)

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