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第168話「満月の対決」

満月の夜。王城の地下、旧研究室へと続く階段を、私たちは静かに降りていった。


 先頭をフェンが進む。その後ろに、カイル、アルヴィン様、そして私。



 重い扉の向こうから、低い呪文のような声が漏れ聞こえていた。


 アルヴィン様が静かに、扉に手をかける。


「行くぞ」


 その合図で、扉が開け放たれた。



 薄暗い研究室の中央に、一人の男が立っていた。


 白髪交じりの痩せた男。その足元には、複雑な魔法陣が青白く光っている。


「モルデカイ」とアルヴィン様が鋭く声を上げた。



 モルデカイは驚いた様子もなく、ゆっくりと振り返った。


「殿下。……もう少し遅くいらしてほしかった」


 その声は、ひどく落ち着いていた。


「あとわずかで、術式は完成しましたのに」



「聖獣を封じるつもりか」


 フェンが低く唸った。


「その通りです」とモルデカイは悪びれもせず頷いた。「聖獣の力は、王家が完全に掌握すべきだ。……先代様もそう望んでいらした」



「先代の意志を継いでいるつもりか」


 アルヴィン様の声が怒りに震えた。


「あの方は、聖獣の伴侶を死なせた。それを罪だとは思わないのか」


「罪、ですか」


 モルデカイは静かに笑った。



「犠牲は必要なのです。……国の繁栄のためには」


 その言葉に、私は思わず声を上げた。


「犠牲になるのは、いつも誰かの大切な人です。……あなたは、それを何とも思わないのですか」



「思わない、というわけでは」


 モルデカイの目が、わずかに揺れた。けれど、すぐにその色は消えた。


「今更、止まるわけにはいかない」


 彼は魔法陣に、両手をかざした。



「させるか!」


 カイルが剣を抜いて駆け出した。けれど、魔法陣が放つ光の壁に阻まれる。


「無駄です」とモルデカイ。「この結界は、生半可な力では破れません」



「ならば」


 フェンが静かに、前に進み出た。


「俺が行く」


 その金色の瞳が、まばゆく光り始めた。


「聖獣の力を封じようとする者に。……本物の聖獣の力を見せてやろう」



 フェンの咆哮が、地下室に響き渡った。


 その声とともに、白銀の光があふれ出す。魔法陣の光の壁が、みるみる砕け散っていった。


「そんな……!」


 モルデカイが初めて、狼狽した声を上げた。



 光の中、フェンがまっすぐに、モルデカイへと迫っていく。


 私は大きく息を吸って、叫んだ。


「フェン! お願いです、殺さないで!」


 その声に、フェンの動きがぴたりと止まった。



「……ふん」


 フェンはモルデカイのすぐ手前で、足を止めた。


「お前の願いだ。……従おう」


 代わりに、フェンの前脚が魔法陣を鋭く切り裂いた。青白い光が、音を立てて消え去った。



 崩れ落ちた魔法陣の前で、モルデカイは力なく膝をついた。


 衛兵たちが駆けつけ、彼を拘束していく。


 満月の光が、静かな地下室を照らしていた。


 ——長い戦いの夜が、ようやく終わろうとしていた。


(第169話へ続く)

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