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第160話「ただいま帰りました」

王都を発ったのは、まだ朝靄の残る早朝だった。


 見送りに出てきたリナが、涙ぐみながら手を振ってくれた。


「エリーゼ様。どうか、お幸せに」


「リナも。……いつか必ず、薬草園に遊びに来てください」


 私たちはそう約束を交わして、王都を後にした。



 フェンの背に揺られながら、私は来たときと同じ景色を、逆から眺めていた。


 けれど、その景色は行きとはまるで違って見えた。


 過去との決着をつけた、あとの世界。——同じ丘も同じ空も、少しだけ軽やかに輝いて見えた。



「疲れたか」


 カイルが後ろから、そっと尋ねた。


「いいえ。……不思議と、身体が軽いです」


 私は笑って答えた。


「これで本当に、全部終わったのですね」


「ああ」


 カイルの声にも、これまでにない清々しさが滲んでいた。



 昼過ぎ、見慣れた丘が見えてきた。


 その先に広がる、緑の薬草園。小さな家々。——七年前には想像もできなかった、私の居場所。


「見えたぞ」


 フェンが速度を緩めながら言った。



 薬草園の前には、すでに人だかりができていた。


「エリーゼ様――!」


 ナーシャが真っ先に駆け寄ってきた。マーサさんとミラさんが、その後ろで涙ぐんでいる。


「おかえりなさい!」



「ただいま、帰りました」


 私がそう言うと、涙がじわりと滲んできた。


 ——ただいま。この言葉を、こんなにもあたたかい気持ちで言える日が来るとは。


 七年前、独りきりで屋敷を出たあの朝。私には帰る場所など、なかった。



 でも今は、違う。


 ここに帰る場所がある。待っていてくれる人たちがいる。


「みんな、心配かけました」


 私はみんなの顔を、一人ずつ見つめた。その一つ一つに、確かな絆があった。



「無事で、なによりです」とマーサさんが、私をそっと抱きしめた。


「王城で、何かあったのですか?」とミラさんが心配そうに尋ねる。


「少し、色々ありました。……でも、全部乗り越えました」


 私はそう言って微笑んだ。



 ルカがフェンに駆け寄って、その首に抱きついた。


「フェン、おかえり!」


「……重い」


 そう文句を言いながらも、フェンはその身体を押しのけなかった。



 夕暮れの薬草園に、みんなの笑い声が満ちていく。


 橙色の光が、すべてをあたたかく包んでいた。


 私はその光景を、胸に深く刻んだ。


 ——ここが、私の居場所だ。何があっても帰ってこられる、あたたかい場所。


 長い旅は終わった。そして、ここからまた新しい、私たちの日々が始まっていく。


(第161話へ続く)

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