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第157話「庭園の対話」

宴を明日に控えた朝。


 私は眠れないまま、まだ薄暗いうちに寝台を抜け出した。


 フェンもカイルも静かに眠っている。私はそっと部屋を出て、王城の庭園へと足を向けた。



 朝靄の中の庭園は、息を呑むほど美しかった。


 整然と刈り込まれた生垣。噴水。色とりどりの薔薇。……けれど、その完璧さはどこか作り物めいていた。


 一輪も乱れることを許されない花たち。——かつての私のようだ、と思った。



「早いのだな、伴侶どの」


 振り返ると、噴水のそばにアルヴィン様が立っていた。


 従者も連れず、ただ一人。その手には、白い薔薇が一輪。


 私は身構えた。けれど、その横顔は昨日の圧を秘めた微笑みとは、どこか違って見えた。



「この庭は、母上が好んでいた」


 アルヴィン様は薔薇を見つめたまま言った。


「完璧に整えられた花園。……それが王家のあるべき姿だと」


 その声に、かすかな苦さが滲んでいた。


「カイルは、この庭を嫌っていた。窮屈だと言って、いつも外へ逃げていた。……羨ましかったよ」



「羨ましい、ですか」


 私が問い返すと、アルヴィン様はふっと笑った。


「私は逃げられなかった。長子として、玉座を背負うと決められていた。……逃げるという発想さえ、許されなかった」


 初めて聞く、彼の素の声だった。



 けれど、次の瞬間。彼の瞳からその色は、すっと消えた。


「——だからこそ、私はこの国を強くしなければならない。そのためなら、手段は選ばない」


「聖獣の力。あれは、この国を盤石にする。……わかってくれるね、伴侶どの」



 私はまっすぐに彼を見た。


「殿下。あなたはとてもお強い方だと思います。……でも」


「フェンは、国のためにも王家のためにもいません。あの子はただ、私と一緒にいたいだけなのです」


「その気持ちは、玉座よりもずっと尊いものだと、私は思います」



 アルヴィン様はしばらく黙っていた。


 その瞳の奥で、何かが揺れたように見えた。けれど、それはほんの一瞬で。


「……面白い方だ。やはり、あなたは」


 彼は手にした白い薔薇を、私に差し出した。


「明日の宴。せいぜい楽しみにしている」



 私はその薔薇を受け取った。


 棘を丁寧に落としてある。……その心遣いが、かえって不気味だった。


 彼は優しいのか。それとも冷たいのか。——私にはまだ、わからなかった。


 宴は、明日。


 私は手の中の白い薔薇を、そっと握りしめた。


(第158話へ続く)

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