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第154話「第一王子の微笑」

王城の門は、記憶よりもずっと大きく、冷たく見えた。


 衛兵たちが、フェンの姿にぎょっと身構える。けれど、私たちが第一王子の招きであると知ると、慌てて道を空けた。


 磨き上げられた大理石の廊下。きらびやかなシャンデリア。——七年ぶりに戻った、あの華やかな世界。



 すれ違う貴族たちが、ひそひそと囁き交わす。


「あれが、聖獣の……」


「まさか、本物の?」


 好奇と畏れの入り混じった視線。かつての私なら、その視線に身をすくめていただろう。


 けれど今は、隣にカイルがいて、足元にフェンがいる。私は背筋を伸ばして歩いた。



 案内されたのは、陽の差し込む、豪奢な一室だった。


 窓を背に、一人の男性が立っていた。


 やわらかな金の髪。穏やかな微笑み。——けれど、その瞳の奥には、底の知れない何かが静かに沈んでいた。


 第一王子、アルヴィン様だった。



「よく来てくれた、カイル。……そして、聖獣の伴侶どの」


 その声は、蜜のように甘く、滑らかだった。


「話には聞いていたが、これほどとは。聖獣を従える令嬢とは、まことに得難い存在だ」


 従える、という言葉に、私はかすかな違和感を覚えた。



「兄上。エリーゼは、フェンを従えてなどいません」


 カイルが静かに言った。


「フェンは、彼女の家族です」


「ほう。……家族、か」


 アルヴィン様は、微笑んだまま、目を細めた。


「それは、失礼した。だが——その"家族"の力は、この国にとって、あまりに大きい」



「聖獣の加護があれば、飢饉も、疫病も退けられる。……その力が、一領地の、一令嬢の手にあるというのは、少々惜しい気がしてね」


 やわらかな口調のまま。けれど、その言葉には明確な圧があった。


 ——この人は、フェンの力を王家のものにしたい。


 私はようやく、フェンの警戒の理由を理解した。



 足元で、フェンが低く唸った。


 その音に、部屋の空気がぴんと張りつめる。


 私は一歩、前に出た。そして、まっすぐにアルヴィン様を見つめた。


「フェンは、道具ではありません。誰かのものにも、なりません」


 私の声は、静かだった。けれど、震えてはいなかった。



 アルヴィン様はしばらく、私を見つめていた。


 そして——ふっと笑った。それは、感心とも面白がるともつかない複雑な笑みだった。


「……なるほど。噂どおり、面白い方だ」


「ゆっくりしていくといい。滞在の間に、また、話をしよう」


 その微笑みの裏に、何が隠されているのか。


 王城での日々は、始まったばかりだった。


(第155話へ続く)

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