第153話「王都への道」
旅立ちの朝が来た。
薬草園の前には、たくさんの人が見送りに集まっていた。マーサさん、ミラさん、ルカ、ナーシャ。村の子どもたち。
「気をつけて、行ってらっしゃいませ」
マーサさんが、包みを手渡してくれた。
「道中の、お弁当です」
◆
「乗れ」
フェンが身をかがめた。
白銀の巨体が、朝日を弾いて輝いている。その背は、大人が二人乗っても余りあるほど大きい。
「え……フェンの背中に、ですか?」
「歩いていては、日が暮れる。……舌を噛むなよ」
◆
カイルが先に乗り、私に手を伸ばす。その手を取って、私もあたたかな毛並みの上に身を預けた。
「しっかり、掴まっていろ」
フェンが地を蹴った。
次の瞬間、景色が飛ぶように後ろへ流れていく。頬を切る風。眼下に広がる緑の丘。私は思わず声を上げた。
「すごい……! カイル、見てください、あんなに遠くまで!」
◆
振り返ると、カイルが私を後ろから支えてくれていた。
その顔に、めずらしく子どものような笑みが浮かんでいる。
「ああ。……いい眺めだ」
風の中で、私たちは笑い合った。フェンの背は、どこまでもあたたかかった。
◆
昼、小川のほとりで、休憩を取った。
マーサさんのお弁当を広げると、香ばしいパンと干し肉が詰まっていた。フェンが鼻をひくつかせて、寄ってくる。
「……肉の匂いがするな」
「はい。あなたの分も、ちゃんとありますよ」
私が差し出すと、フェンは上機嫌に尻尾を振った。その大きな身体で、意外と食いしん坊だった。
◆
午後、丘を一つ越えたとき。
遠くに、それは見えた。
白い城壁に囲まれた、大きな都。その中心に、天を突くように聳える、王城。——王都エルシオンだった。
華やかで美しく。そして、どこか冷たい。
◆
その光景を見た瞬間、私の胸がきゅっと締めつけられた。
かつて、私が笑顔を張りつけて生きていた社交界。着飾った令嬢たち。値踏みするような視線。
——あの世界に、また戻る。
◆
私の手が無意識に震えていた。
その手をカイルが、そっと握った。
「大丈夫だ。俺が、隣にいる」
フェンも低く唸って、身を寄せる。
「案ずるな。何かあれば、俺が城ごと吹き飛ばしてやる」
その物騒な励ましに、私は思わず吹き出してしまった。
◆
こわばっていた肩から、すっと力が抜けた。
そうだ。私は、もう独りではない。
私はまっすぐに、王都を見据えた。
——さあ、行こう。過去の待つ、あの場所へ。
(第154話へ続く)




