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第152話「彼が城を出た理由」

 その夜、カイルは私を、外へと誘った。


 薬草園の丘に登ると、空いっぱいに星が広がっていた。少し離れた場所で、フェンが静かに丸くなっている。


「話しておきたいことがある」


 カイルは星を見上げたまま、そう切り出した。



 カイルが生まれたのは、王城のきらびやかな一室だった。


 第一王子アルヴィンの、五つ下の弟。母は、側妃の一人。生まれたときから、彼は「二番目」だった。


「兄上は、優秀な人だった」


 カイルは、静かに続けた。


「文武に秀で、誰からも慕われていた。……俺は、その影で育った」



 比べられ、期待され、そして、少しずつ、自分を押し殺していく。


「俺は、王城でだけ、笑い方を忘れていった」


 その横顔を、星明かりが照らしていた。いつも穏やかな彼の声に、こんなにも冷たい響きがあるのを、私は初めて聞いた。



「転機は、母の死だった」


 カイルの声が、わずかに揺れた。


「母は、身体の弱い人だった。宮廷の権力争いに、疲れ果てていた。……俺は、母を守れなかった」


「守る力も、立場もなかった。ただ、二番目の王子として。何もできずに、見ているだけだった」



 母を失ったあと、カイルは、王位継承の争いから身を引いた。


「玉座なんて、いらなかった。あの城には、俺の欲しいものは、何一つなかった」


「だから、俺は。すべてを捨てて、城を出た」


 そうして流れ着いたのが、この村だった。土を耕し、名もない一人の男として、生き直すために。



 私は、黙って、聞いていた。


 彼の痛みが、遠い日の、自分の痛みと重なった。居場所のない、あの屋敷。誰にも必要とされなかった、七年間。


 私たちはきっと、同じ夜を、別々の場所で越えてきたのだ。



「……こんな話をして、悪いな」


 カイルが、ふっと笑った。


「いいえ」


 私は、首を振った。


「話してくれて、嬉しいです」


 私は、彼の手に、そっと自分の手を重ねた。


「あなたは、もう。一人ではありません」



 カイルは、少しだけ目を見張って。それから、私の手を、強く握り返した。


「ああ。……お前がいる」


 その一言に、七年分の彼の孤独が、静かに溶けていくのがわかった。



 少し離れた場所で、フェンが片目を開けた。


「湿っぽいやつらめ」


 そう唸りながらも、その声は、どこか穏やかだった。


「だが、覚えておけ。……あの城には、まだ、決着のついていないものがある」


 その言葉に、私は夜空を見上げた。


 王都は、もうすぐ。過去と向き合う旅が、始まろうとしていた。


(第153話へ続く)

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