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第151話「兄からの手紙」

 祝いの宴から、三日が過ぎた。


 薬草園は、いつもの静けさを取り戻していた。朝露を集め、薬草の世話をして、カイルと並んで土を耕す。——そんな穏やかな日々が、また戻ってきた。


 けれど、机の上には、ずっと開かれないままの手紙があった。



 王城の紋章が押された、一通の手紙。


 結婚式の少し前、第一王子アルヴィン様から届いたものだ。あの日は式の準備に追われ、そのままにしていた。


 私はそれを手に取って、カイルに差し出した。


「……そろそろ、読みませんか」


 カイルは、しばらく黙っていた。その横顔が、めずらしく強張っている。



 カイルは、この国の第二王子だ。


 けれど、彼は王位も地位も捨てて、この村で一人の男として生きることを選んだ。


 その理由を、私はまだ、深くは聞いていない。ただ、彼が王城の話をするとき、いつも少しだけ、遠い目をすることには気づいていた。



 封を開けると、端正な筆跡が並んでいた。


 弟の結婚を祝う言葉。そして——二人を王城に招きたいという申し出。


「聖獣の伴侶を一目見たい。……兄上は、そう書いている」


 カイルの声は、静かだった。けれど、その指先が、かすかに手紙を握りしめていた。



 そのとき、窓の外から、低い唸り声がした。


 フェンだった。金色の瞳が、手紙をじっと見据えている。


「……気に入らんな」


「フェン?」


「その男の言葉には、裏がある。匂いでわかる」


 フェンは、めったにこんなことを言わない。私は背筋がひやりとした。



「カイル。行きたくなければ、断ってもいいんです」


 私が言うと、カイルは首を横に振った。


「いや。……いつかは、向き合わないといけないと思っていた」


 彼は、ゆっくりと私を見た。


「兄上のことも。俺があの城を出た理由も。——お前には話しておきたい」



 その瞳に、迷いはなかった。


 ずっと過去に背を向けて生きてきた人が、今、私の手を取って、まっすぐ前を見ようとしている。


 私はその手を、きゅっと握り返した。


「わかりました。一緒に、行きましょう」


「……ああ」



「フェン。あなたも、来てくれますか」


 フェンは、ふん、と鼻を鳴らした。


「当たり前だ。お前をあんな胡散臭い場所に、一人でやれるか」


 そのぶっきらぼうな優しさに、私は思わず微笑んだ。



 こうして、私たちは王都へ向かうことになった。


 七年前、私が捨てられた、あの華やかな世界へ。——けれど今度は、独りではない。


 愛する人と、頼もしい聖獣と、一緒に。


 まだ見ぬ王城で、何が待っているのか。


 その予感に、胸が静かに騒いでいた。


(第152話へ続く)

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