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第150話「祝いの宴」

 結婚式の夜。薬草園は、あたたかな灯りに包まれていた。


 木々のあいだに吊るされたランタンが、風に揺れて瞬いている。長い机には、村のみんなが持ち寄った料理が、所狭しと並んでいた。


 ——今夜は、私たちのための宴だ。


 そう思うと、まだ少し、信じられなかった。



「エリーゼ様! こっち、こっち!」


 ルカが手を振って、私を呼んだ。その隣で、ナーシャが花冠を編んでいる。


 村の子どもたちが、私のドレスの裾を引っぱって、はしゃいでいた。


「花嫁さん、きれい!」


「ねえ、あの大きな狼さんは、ほんとに聖獣なの?」


 私はしゃがんで、子どもたちと目線を合わせた。


「ええ。とても優しい、私の家族です」



 少し離れた木の下に、フェンがいた。


 子どもたちに囲まれて、大きな身体を持て余すように伏せている。一人の女の子が、その毛並みに思いきり顔を埋めていた。


「もふもふ!」


「あったかーい!」


 フェンは唸るでも、逃げるでもなく。ただ、じっと、されるがままになっていた。


 金色の瞳が、ふと私を見つけて——少しだけ、困ったように細められた。



「助けて、とでも言いたそうですね」


 私が笑いかけると、フェンは鼻を鳴らした。


「……別に。好きにさせているだけだ」


 その声が、まんざらでもなさそうで。私はそっと隣に腰を下ろした。


 子どもの一人が、フェンの背によじ登って、きゃっきゃと笑っている。


 フェンは、動かなかった。落とさないように、そっと身を低くしたまま。



 やがて、宴の中心で、マーサさんが立ち上がった。


「みなさん! 今日という、めでたい日に——」


 その声に、みんながグラスを掲げる。カイルが私の手を取って、輪の中へと導いてくれた。


「エリーゼさんと、カイルさんに。乾杯!」


「乾杯!」


 夜空に、たくさんの声が響いた。



 村の人たちが、次々と祝いの言葉をくれた。


 薬で命を救われたという老人。薬草園で働く若者たち。カイルと一緒に畑を耕してきた仲間。


 その一人ひとりの顔を見ながら、私は胸が詰まった。


 ——七年前、私には、誰もいなかった。


 名前を呼んでくれる人も、心配してくれる人も。何一つ、なかったのに。



「どうした」


 隣で、カイルが小さく尋ねた。


「いえ……ただ、幸せで」


 私が言うと、彼は静かに頷いた。そして、私の肩をそっと抱き寄せた。


 言葉は、それだけだった。でも、それで十分だった。



 宴が更けて、子どもたちが眠り始めた頃。


 フェンが、ゆっくりと立ち上がった。


 みんなの前へ進み出て、月を見上げ——ひときわ高く、遠く、吠えた。


 その声は、夜空を渡って、山々にまで響いていった。



「今のは……?」


 私が尋ねると、フェンは前を向いたまま、言った。


「祝いの遠吠えだ」


「昔、俺の一族が。大切な者の門出に、贈った声だ」


 そして、金色の瞳が、私を見た。


「お前に。——幸あれと」



 その言葉に、私はこらえきれなかった。


 温かい毛並みに顔を埋めて、静かに涙を流した。悲しいからではない。ただ、あふれて止まらなかった。


 フェンは何も言わず。大きな頭を、私の背にそっと預けてくれた。



 見上げれば、満天の星。


 灯りに照らされた薬草園で、みんなが笑っている。カイルが、フェンが、私のそばにいる。


 ——七年分の孤独の、その先に。


 こんなにもあたたかな夜が、待っていた。


 私は今、たしかに幸せだった。


(第151話へ続く)

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