第150話「祝いの宴」
結婚式の夜。薬草園は、あたたかな灯りに包まれていた。
木々のあいだに吊るされたランタンが、風に揺れて瞬いている。長い机には、村のみんなが持ち寄った料理が、所狭しと並んでいた。
——今夜は、私たちのための宴だ。
そう思うと、まだ少し、信じられなかった。
◆
「エリーゼ様! こっち、こっち!」
ルカが手を振って、私を呼んだ。その隣で、ナーシャが花冠を編んでいる。
村の子どもたちが、私のドレスの裾を引っぱって、はしゃいでいた。
「花嫁さん、きれい!」
「ねえ、あの大きな狼さんは、ほんとに聖獣なの?」
私はしゃがんで、子どもたちと目線を合わせた。
「ええ。とても優しい、私の家族です」
◆
少し離れた木の下に、フェンがいた。
子どもたちに囲まれて、大きな身体を持て余すように伏せている。一人の女の子が、その毛並みに思いきり顔を埋めていた。
「もふもふ!」
「あったかーい!」
フェンは唸るでも、逃げるでもなく。ただ、じっと、されるがままになっていた。
金色の瞳が、ふと私を見つけて——少しだけ、困ったように細められた。
◆
「助けて、とでも言いたそうですね」
私が笑いかけると、フェンは鼻を鳴らした。
「……別に。好きにさせているだけだ」
その声が、まんざらでもなさそうで。私はそっと隣に腰を下ろした。
子どもの一人が、フェンの背によじ登って、きゃっきゃと笑っている。
フェンは、動かなかった。落とさないように、そっと身を低くしたまま。
◆
やがて、宴の中心で、マーサさんが立ち上がった。
「みなさん! 今日という、めでたい日に——」
その声に、みんながグラスを掲げる。カイルが私の手を取って、輪の中へと導いてくれた。
「エリーゼさんと、カイルさんに。乾杯!」
「乾杯!」
夜空に、たくさんの声が響いた。
◆
村の人たちが、次々と祝いの言葉をくれた。
薬で命を救われたという老人。薬草園で働く若者たち。カイルと一緒に畑を耕してきた仲間。
その一人ひとりの顔を見ながら、私は胸が詰まった。
——七年前、私には、誰もいなかった。
名前を呼んでくれる人も、心配してくれる人も。何一つ、なかったのに。
◆
「どうした」
隣で、カイルが小さく尋ねた。
「いえ……ただ、幸せで」
私が言うと、彼は静かに頷いた。そして、私の肩をそっと抱き寄せた。
言葉は、それだけだった。でも、それで十分だった。
◆
宴が更けて、子どもたちが眠り始めた頃。
フェンが、ゆっくりと立ち上がった。
みんなの前へ進み出て、月を見上げ——ひときわ高く、遠く、吠えた。
その声は、夜空を渡って、山々にまで響いていった。
◆
「今のは……?」
私が尋ねると、フェンは前を向いたまま、言った。
「祝いの遠吠えだ」
「昔、俺の一族が。大切な者の門出に、贈った声だ」
そして、金色の瞳が、私を見た。
「お前に。——幸あれと」
◆
その言葉に、私はこらえきれなかった。
温かい毛並みに顔を埋めて、静かに涙を流した。悲しいからではない。ただ、あふれて止まらなかった。
フェンは何も言わず。大きな頭を、私の背にそっと預けてくれた。
◆
見上げれば、満天の星。
灯りに照らされた薬草園で、みんなが笑っている。カイルが、フェンが、私のそばにいる。
——七年分の孤独の、その先に。
こんなにもあたたかな夜が、待っていた。
私は今、たしかに幸せだった。
(第151話へ続く)




