第148話「祭壇の前で」
一歩ずつ、私はフェンに寄り添って祭壇へ向かって歩いた。
白いヴェール越しに、世界が優しく滲んでいる。
その中心に——カイルがいた。
◆
正装したカイル。
いつもの静かな彼が、今日は少し緊張した面持ちで、まっすぐに私を見つめていた。
その瞳が、近づく私を追いかけて、かすかに潤んでいく。
◆
参列した人々が、息をのんで見守っている。
村人たち。仕事仲間。マーサさん、ミラさん、ルカ、ナーシャ。
みんなの優しい眼差しが、私を包んでいた。
◆
やがて、私は祭壇の前に辿り着いた。
隣には、フェン。
その大きな身体がかすかに震えているのが、寄り添う私にはわかった。
◆
「……ここまでだ」とフェンは小さく言った。「あとはお前の足で行け」
「フェン……」と私はその毛並みにそっと触れた。
「ありがとうございました」と私は囁いた。「ここまで送ってくれて」
◆
フェンは静かに頷いた。
そして、その大きな頭を私の手にそっと押し当てた。
いつものもふもふ、——温かい毛並みの感触。
その温もりを、私は生涯忘れないと心に誓った。
◆
フェンが一歩下がる。
私はカイルの方へ向き直った。
カイルがそっと手を差し出す。
私はその手に、自分の手を重ねた。
◆
温かい手だった。
少し汗ばんでいて、彼も緊張しているのが伝わってきた。
その不器用な温もりが、たまらなく愛おしかった。
◆
司祭が進み出て、厳かに口を開いた。
「では、これより二人の誓いを交わします」
薬草園に優しい静寂が満ちた。
秋の風が花々をそっと揺らした。
◆
「カイル・レイ・ウェスタリア」と司祭が告げた。「あなたはエリーゼを妻として、——病める時も健やかなる時も、生涯愛し支えることを誓いますか」
◆
カイルはまっすぐに私を見た。
その瞳に、もう迷いはなかった。
「誓う」とカイルは言った。「——この命の続く限り、彼女を愛し守り抜くと誓う」
◆
短いけれど、何よりも重い言葉。
彼らしい誓いだった。
その一言に、私は胸が震えた。
◆
「エリーゼ」と司祭が私に向き直った。「あなたはカイルを夫として、——病める時も健やかなる時も、生涯愛し支えることを誓いますか」
◆
私はヴェールの内側で深く息を吸った。
七年前、私は愛を失った。信じることを諦めた。
涙さえ出ない女だった。
◆
けれど、今。
私の隣には愛する人がいて、傍らには家族がいる。
この温かい手を、もう離したくない。
◆
「……誓います」と私は言った。
声が震えた。それでも、まっすぐに私は告げた。
「あなたを愛し、生涯共に歩むことを、——誓います」
◆
司祭が微笑んで頷いた。
「では、誓いの口づけを」
カイルの手が、ゆっくりと私のヴェールに伸びた。
◆
薄い白のヴェールが、そっと持ち上げられる。
視界を遮っていた白が退いて、——世界が鮮明になった。
目の前に、カイルの顔があった。
◆
その瞳が、まっすぐに私を映していた。
そこには、七年前、私が失ったはずの、——確かな愛があった。
偽りのないまなざし。私だけを見つめる瞳。
◆
「エリーゼ」とカイルが囁いた。「愛している」
「……私もです」と私は微笑んだ。
そして、二人はそっと口づけを交わした。
◆
その瞬間。
薬草園に割れんばかりの拍手と歓声が沸き起こった。
「おめでとう!」「幸せになれよ!」
村人たちが、ルカが、みんなが、笑顔で祝福を送ってくれた。
◆
私は涙ぐみながら、カイルの手を握りしめた。
ふと傍らを見ると。
フェンが、金色の瞳を細めて、——じっと私たちを見守っていた。
◆
そのまなざしは、どこまでも優しく。
娘の幸せを見届けた父親のように、——満ち足りていた。
秋の陽光が、祝福のように、私たちをあたたかく包んでいた。
(第149話へ続く)




