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第148話「祭壇の前で」

 一歩ずつ、私はフェンに寄り添って祭壇へ向かって歩いた。


 白いヴェール越しに、世界が優しく滲んでいる。


 その中心に——カイルがいた。



 正装したカイル。


 いつもの静かな彼が、今日は少し緊張した面持ちで、まっすぐに私を見つめていた。


 その瞳が、近づく私を追いかけて、かすかに潤んでいく。



 参列した人々が、息をのんで見守っている。


 村人たち。仕事仲間。マーサさん、ミラさん、ルカ、ナーシャ。


 みんなの優しい眼差しが、私を包んでいた。



 やがて、私は祭壇の前に辿り着いた。


 隣には、フェン。


 その大きな身体がかすかに震えているのが、寄り添う私にはわかった。



「……ここまでだ」とフェンは小さく言った。「あとはお前の足で行け」


「フェン……」と私はその毛並みにそっと触れた。


「ありがとうございました」と私は囁いた。「ここまで送ってくれて」



 フェンは静かに頷いた。


 そして、その大きな頭を私の手にそっと押し当てた。


 いつものもふもふ、——温かい毛並みの感触。


 その温もりを、私は生涯忘れないと心に誓った。



 フェンが一歩下がる。


 私はカイルの方へ向き直った。


 カイルがそっと手を差し出す。


 私はその手に、自分の手を重ねた。



 温かい手だった。


 少し汗ばんでいて、彼も緊張しているのが伝わってきた。


 その不器用な温もりが、たまらなく愛おしかった。



 司祭が進み出て、厳かに口を開いた。


「では、これより二人の誓いを交わします」


 薬草園に優しい静寂が満ちた。


 秋の風が花々をそっと揺らした。



「カイル・レイ・ウェスタリア」と司祭が告げた。「あなたはエリーゼを妻として、——病める時も健やかなる時も、生涯愛し支えることを誓いますか」



 カイルはまっすぐに私を見た。


 その瞳に、もう迷いはなかった。


「誓う」とカイルは言った。「——この命の続く限り、彼女を愛し守り抜くと誓う」



 短いけれど、何よりも重い言葉。


 彼らしい誓いだった。


 その一言に、私は胸が震えた。



「エリーゼ」と司祭が私に向き直った。「あなたはカイルを夫として、——病める時も健やかなる時も、生涯愛し支えることを誓いますか」



 私はヴェールの内側で深く息を吸った。


 七年前、私は愛を失った。信じることを諦めた。


 涙さえ出ない女だった。



 けれど、今。


 私の隣には愛する人がいて、傍らには家族がいる。


 この温かい手を、もう離したくない。



「……誓います」と私は言った。


 声が震えた。それでも、まっすぐに私は告げた。


「あなたを愛し、生涯共に歩むことを、——誓います」



 司祭が微笑んで頷いた。


「では、誓いの口づけを」


 カイルの手が、ゆっくりと私のヴェールに伸びた。



 薄い白のヴェールが、そっと持ち上げられる。


 視界を遮っていた白が退いて、——世界が鮮明になった。


 目の前に、カイルの顔があった。



 その瞳が、まっすぐに私を映していた。


 そこには、七年前、私が失ったはずの、——確かな愛があった。


 偽りのないまなざし。私だけを見つめる瞳。



「エリーゼ」とカイルが囁いた。「愛している」


「……私もです」と私は微笑んだ。


 そして、二人はそっと口づけを交わした。



 その瞬間。


 薬草園に割れんばかりの拍手と歓声が沸き起こった。


「おめでとう!」「幸せになれよ!」


 村人たちが、ルカが、みんなが、笑顔で祝福を送ってくれた。



 私は涙ぐみながら、カイルの手を握りしめた。


 ふと傍らを見ると。


 フェンが、金色の瞳を細めて、——じっと私たちを見守っていた。



 そのまなざしは、どこまでも優しく。


 娘の幸せを見届けた父親のように、——満ち足りていた。


 秋の陽光が、祝福のように、私たちをあたたかく包んでいた。


(第149話へ続く)

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