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第147話「花嫁の朝」

 結婚式当日。


 朝、目を覚ますと、窓の外は雲一つない青空だった。


 ——晴れた。祈りが届いたのだ。



「エリーゼ様! 起きてください!」とナーシャが部屋に飛び込んできた。「今日は大事な日ですよ!」


「……はい」と私は身を起こした。


 胸の鼓動が、もう速くなっていた。



 朝食を済ませると、すぐに支度が始まった。


 マーサさんとミラさんが、私の髪を丁寧に結い上げていく。


 ナーシャは頬を上気させながら、白いドレスを運んできた。



「さあ、着せますよ」とマーサさんが言った。


 昨日試着した、あの白いドレス。


 もう一度袖を通す。今日は試着ではない。——本番だった。



 絹の布が、肌にすべりと馴染む。


 マーサさんが背中の紐を結ぶ。ミラさんが裾を整える。ナーシャがヴェールをそっと被せてくれた。


 薄い白のヴェール越しに、世界が柔らかく滲んで見えた。



「……できました」とマーサさんが声を詰まらせた。


 姿見の前に立つ。


 白いドレスに包まれた花嫁が、そこにいた。



「綺麗……」とナーシャが目を潤ませた。「エリーゼ様。本当に綺麗です」


「ありがとう」と私は微笑んだ。


 でも、私の指先はかすかに震えていた。



「緊張していますか?」とミラさんが優しく聞いた。


「……はい」と私は正直に頷いた。「少し」


「大丈夫」とマーサさんが私の手を握った。「あなたは世界一の花嫁です。——胸を張って」



 その時、窓の外から賑やかな声が聞こえてきた。


 覗くと——薬草園に、たくさんの人が集まっていた。


 近くの村人たち。カイルの仕事仲間。そして、遠くから駆けつけた人々。



 みんな笑顔で、私たちの門出を祝いに来てくれたのだ。


 薬草園には白い天幕と色とりどりの花。奥には簡素だが美しい祭壇がしつらえられていた。


 その光景に、私は胸がいっぱいになった。



「エリーゼ様」とナーシャが言った。「そろそろお時間です」


「……はい」と私は深く息を吸った。


 いよいよ、——祭壇へ向かう時が来た。



 部屋を出て、廊下を進む。


 縁側に差しかかった、その時。私は思わず足を止めた。


 そこに——フェンがいた。



 いつもの伏せた姿ではなかった。


 フェンはしっかりと四つ足で立っていた。


 その銀色の毛並みは、朝日を受けて、まるで後光のように輝いていた。



「フェン……」と私はつぶやいた。


「待っていたぞ」とフェンは静かに言った。「約束したからな。——お前をあの男の元へ送り届けると」



 昨夜の約束。


 花嫁を送り出す役目。——父親の務め。


 衰えた身体で、フェンはその大役を果たそうと立っていた。



「無理をしないで」と私は慌てた。「あなたの身体が……」


「馬鹿を言うな」とフェンはふっと笑った。「娘の晴れ姿を送るのに、——寝ていられるか」



 その言葉に、私はもう何も言えなかった。


 ただ震える手を、フェンの温かい毛並みにそっと添えた。


「……お願いします」と私は言った。「フェン。私を送ってください」



「ああ」とフェンは頷いた。「行こう。——皆が待っている」


 私はフェンの傍らに寄り添って、一歩ずつ歩き出した。


 薬草園へ続く扉が、ゆっくりと開かれていく。



 その向こうに。


 秋の陽光が、眩しく降り注いでいた。


 たくさんの笑顔と、色とりどりの花と、——そして祭壇の前で私を待つカイルの姿が。



 フェンと並んで、私は光の中へ踏み出した。


 人々の視線が、一斉にこちらへ集まる。


 ざわめきが静まり、優しい沈黙が薬草園を包んだ。



 白いヴェール越しに、私はまっすぐ前を見た。


 祭壇の前に立つ、カイル。


 その瞳が、ヴェール越しの私を捉えて——大きく揺れた。



 結婚式当日。


 澄んだ秋の空の下、私はフェンに送られて、愛する人の元へ一歩ずつ近づいていく。


 ——七年前、独りだった私が、今、こんなにもたくさんの祝福に包まれて。


 新しい人生の扉をくぐろうとしていた。


(第148話へ続く)

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