第143話「ルカふたたび」
結婚式まで、あと数日。
研究所は準備で大忙しだった。
そんなある日の昼下がり。門の方から元気な声が響いた。
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「せんせー!」
その声に、私ははっと顔を上げた。
門から駆けてくる小さな影。——ルカだった。
その後ろから、ミラさんが笑顔で歩いてくる。
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「ルカくん! ミラさん!」と私は駆け寄った。「来てくれたのですね!」
「招待状、ありがとうございました」とミラさんが頭を下げた。「お式のお手伝いでもできればと。——早めに伺いました」
ルカはすっかり元気になって、少し背も伸びていた。
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「ルカ! 久しぶり!」とナーシャも駆けてきた。
「ナーシャせんせい!」とルカが抱きついた。
子供と見習い薬師。二人はすぐにまたはしゃぎ始めた。
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ミラさんが村の近況を話してくれた。
あの後、ミラさんは私に教わった水の煮沸を村中に広めたという。おかげで村では流行り病がぱたりと止んだ、と。
「みんな、あなたに感謝しています」とミラさんは言った。「『山向こうの薬師様』と。——村の希望になっているんですよ」
その言葉に、私は胸が温かくなった。
一つの出会いが、こうして遠い村まで優しさを運んでいる。——フェンが与えてくれたこの道は、本当に間違っていなかった。
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「ねえ、フェンは?」とルカがきょろきょろ辺りを見回した。「フェンに会いたい!」
「縁側にいますよ」と私は言った。
ルカがぱっと駆け出した。
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縁側で、フェンが毛布の上に伏せていた。
「フェン!」とルカが飛びついた。「フェン、会いたかった!」
「……おう、ガキか」とフェンは目を開けた。「大きくなったな」
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ルカがフェンの毛並みに顔を埋め——ふと動きを止めた。
「……フェン」と、ルカが小さく言った。「なんか、まえより……ほそくなった?」
その無邪気な問いに、私は胸がちくりと痛んだ。
フェンの身体は、あの夏より確かに衰えていた。
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「ああ」とフェンは静かに言った。「年を取ったからな。——だが心配いらん」
「びょうき?」とルカが不安そうに聞いた。
「病気じゃない」とフェンは言った。「ただ、少しゆっくりするようになっただけだ。——お前ともふもふするくらいはできる」
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「ほんと?」とルカの顔がぱっと輝いた。
「ああ」とフェンは言った。「ほら、来い」
ルカが嬉しそうにフェンのもふもふに抱きついた。
フェンはもう振り払わず、ただ優しくその小さな身体を受け止めていた。
その光景に、私は温かさと切なさを同時に感じた。
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ミラさんはマーサさんとすぐに打ち解けた。
「お料理ならお任せください」とミラさんが言った。「村で鍛えた腕です。——お式のごちそう、一緒に作らせてください」
「あら、心強い」とマーサさんが微笑んだ。「では、お言葉に甘えて」
台所からは早速、二人の賑やかな笑い声が聞こえてきた。
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夕方、カイルが研究所に来た。
ルカがカイルを見て——「あ! へんなかお の、おにいちゃん!」と指をさした。
「……まだ覚えていたのか」とカイルが苦笑いした。
「カイル、もうすぐせんせいと、けっこんするんでしょ?」とルカが聞いた。
「ああ」とカイルが頷いた。
「いいなあ」とルカがにっこり笑った。「せんせいの、およめさん。すっごくきれいだろうね!」
その無邪気な言葉に、私は頬を染めた。カイルも少し照れたように笑った。
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研究所はますます賑やかになった。
フェン。ナーシャ。マーサさん。ミラさんとルカ。
そして、もうすぐカイルも家族に加わる。
かつて独りだった私の周りに、こんなにもたくさんの家族が増えていた。
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翌日から、ルカも結婚式の準備を手伝った。
ナーシャと二人で薬草園の花を摘み、花飾りを作る。マーサさんとミラさんは台所でごちそうの仕込み。
「せんせい! お花、いっぱいつんだよ!」とルカが両手いっぱいの野の花を見せた。
「ありがとう。——とっても綺麗です」と私は微笑んだ。
みんなで力を合わせて、一つの結婚式を作り上げていく。
その賑やかで温かい時間が、たまらなく愛おしかった。
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その夜。
みんなが眠った後、私はそっと縁側に出た。
フェンは毛布の上で静かに寝息を立てていた。ルカにもふもふされて疲れたのだろう。
その寝顔を見ながら、私はルカの言葉を思い出していた。
「ほそくなった」と。——子供は正直だ。
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ふと、フェンが薄く目を開けた。
「……まだ起きていたのか」とフェンは言った。
「フェン。起こしてしまいましたか」と私は言った。
「いや」とフェンは言った。「——あのガキに、また会えて。よかった。生きていると、こういう嬉しいことがある」
フェンの視線が窓辺の花の冠に向いた。ルカがくれた、あの冠。
「だから、まだ逝けん」とフェンはふっと笑った。「お前の花嫁姿も。あのガキのこれからも。——見たいものが多すぎる」
その言葉に、私は泣きそうになりながら笑った。
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私はフェンの傍に、そっと座った。
「フェン」と私は小さくつぶやいた。「あと少しだけ。あと少しだけ、頑張ってくださいね」
フェンは眠ったまま。でも、その規則正しい寝息が——「わかっている」と言っているような気がした。
秋の夜空に、星が静かに瞬いていた。
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結婚式まで、あと数日。
幸せと祈りが、私の胸の中で静かに混ざり合っていた。
——どうか。その日まで。そして、その先も、できるだけ長く。
あなたの見たいものを。一つでも多く、一緒に見られますように。
私はフェンの温かい毛並みに、そっと手を置いて。夜が更けるまで、その傍にいた。
窓辺の貝殻と花の冠が、秋の月に静かに照らされていた。
(第144話へ続く)




