結婚式の場所
結婚式の準備は着々と進んでいた。
ドレスの仕立て。招待客の選定。料理の献立。
毎日が慌ただしく、でも幸せな時間だった。
——そんなある日、一つの問題が持ち上がった。
◆
ある日、王城から使いが来た。
結婚式の段取りについてだった。
「式は王都の大聖堂にて」と、使者は言った。「王家の慣例に従い、盛大に執り行います」
大聖堂。王都の中心にある荘厳な場所だ。
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でも——私はすぐには頷けなかった。
大聖堂で式を挙げれば、フェンは出られない。
あの衰えた身体では、王都までの長い道のりはとても耐えられない。
フェンと約束したのに、一番見てほしい人が、その場にいられない。
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私は迷った末に、カイルに相談した。
「カイル」と私は言った。「私……大聖堂ではなく、この研究所で式を挙げたいのです」
「研究所で?」とカイルが聞き返した。
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「ここなら」と私は言った。「フェンも出られます。ナーシャも、マーサさんも、下町のみんなも。私の大切な人が全員揃えます」
でも、と私は言いかけて口をつぐんだ。
わがままだろうか。王家に入る私が、そんな勝手を言っていいのだろうか。
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でも——カイルは迷わず頷いた。
「いいでしょう」と、彼は言った。「ここで挙げましょう」
「でも、お父様や貴族の方々が……」
「俺が説得します」とカイルは言った。「——結婚式は誰のためのものか。世間体のためではない。俺とあなたの、そして大切な人たちのためです」
その言葉に、私の迷いが消えた。
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研究所——それは私にとって、ただの建物ではなかった。
すべてを失い、行き場をなくした私を、フェンが拾い、迎え入れてくれた場所。
ここで私は薬師として生き直した。ナーシャと出会い、患者たちと絆を結び、もう一度生きる意味を見つけた。
この再生の場所で永遠を誓う。それ以上にふさわしい場所は、どこにもなかった。
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数日後。
私とカイルは王城へ出向き、国王陛下にお願いした。
研究所で式を挙げたい、と。その理由も正直に話した。——聖獣フェンを出席させたいのだ、と。
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王はしばらく黙って聞いていた。
そして——ふっと笑った。
「よかろう」と、王は言った。「そなたらしい。豪奢な大聖堂より、心のこもった場所での式。それもまた良い」
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「ありがとうございます!」と私は頭を下げた。
「ただし」と、王は言った。「わしも出席するぞ。民に慕われる薬師の晴れ姿、この目で見ねばなるまい」
「陛下が……?」と私は驚いた。
「不満か?」と、王がにやりと笑った。
「いいえ! 光栄です!」
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「では、わたしも」とアルヴィン殿下も微笑んだ。「兄として出席しよう。焦げた菓子は焼かずにおくよ」
その冗談に、私とカイルは思わず笑った。
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研究所に帰り、私はまっすぐフェンのもとへ向かった。
「フェン。結婚式は、この研究所で挙げます。だから、あなたも出られます」
フェンはしばらく私を見て、ふっと目を細めた。
◆
「……そうか」と、フェンは静かに言った。「お前は本当に、最後まで俺を置いていかないんだな」
「当たり前です」と私は言った。「あなたは私の家族ですから」
フェンは何も言わず、ただその鼻先をそっと私の頬に押し当てた。
もふもふの温もりが、私の心を優しく満たした。
「楽しみにしておく」と、フェンはぽつりと言った。「お前の花嫁姿。きっと世界一綺麗だろうな」
その不意の優しさに、私は思わず涙ぐんでしまった。
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「ナーシャ! マーサさん!」と私は皆を呼んだ。「結婚式、この研究所で挙げることになりました!」
「本当ですか!?」とナーシャが跳び上がった。「やったあ! じゃあ、私たちもぜんぶ見られますね!」
「腕が鳴りますわ」とマーサさんも嬉しそうに言った。「庭を花で埋め尽くしてみせます」
◆
その日から、招待状を書く作業が始まった。
下町の人々へ。患者のおばあさんたちへ。——そして。
「マーサさん」と私は言った。「この方たちにも。ミラさんと、ルカくんに」
あの母子。フェンの背中によじ登って、もふもふした小さなルカ。
「あの子も、きっと喜びます」とマーサさんが微笑んだ。「フェンに、また会えると」
一枚一枚、心を込めて招待状を認めていく。
私のこれまでのすべての出会いが、この結婚式に集まろうとしていた。
◆
その夜、私とカイルは薬草園を歩いた。
月明かりに照らされた薬草の葉が、静かに揺れている。
「ここに祭壇を置きましょう」とカイルが言った。「あなたがいつも薬を摘んでいる、この場所に」
「いいですね」と私は微笑んだ。「フェンの縁側からも、よく見えます」
私たちはまだ何もない庭を見ながら、けれどその目には、花に彩られた結婚式の光景がはっきりと見えていた。
◆
「エリーゼ」とカイルが、ふと立ち止まった。「——あなたと出会えて、本当によかった」
「私もです」と私は言った。
秋の夜風が、二人の間を優しく吹き抜けていった。
もうすぐ私たちは夫婦になる。その実感が、じわりと胸に広がった。
◆
結婚式の場所が決まった。
この思い出の詰まった研究所で。
薬草園の花に囲まれて、大切な人みんなに見守られて。
私は——愛する人と永遠を誓う。
国王陛下も、アルヴィン殿下も、フェンも、ナーシャも、マーサさんも、下町のみんなも、ミラさんとルカくんも。
——身分も立場も関係なく、私を想ってくれるすべての人が、一つの庭に集う。
そんな温かい結婚式になる。そう思うと、私の胸は待ち遠しさでいっぱいになった。
窓辺の貝殻と花の冠が、秋の陽に優しく輝いていた。
(第143話へ続く)




