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結婚式の場所

 結婚式の準備は着々と進んでいた。


 ドレスの仕立て。招待客の選定。料理の献立。


 毎日が慌ただしく、でも幸せな時間だった。


 ——そんなある日、一つの問題が持ち上がった。



 ある日、王城から使いが来た。


 結婚式の段取りについてだった。


「式は王都の大聖堂にて」と、使者は言った。「王家の慣例に従い、盛大に執り行います」


 大聖堂。王都の中心にある荘厳な場所だ。



 でも——私はすぐには頷けなかった。


 大聖堂で式を挙げれば、フェンは出られない。


 あの衰えた身体では、王都までの長い道のりはとても耐えられない。


 フェンと約束したのに、一番見てほしい人が、その場にいられない。



 私は迷った末に、カイルに相談した。


「カイル」と私は言った。「私……大聖堂ではなく、この研究所で式を挙げたいのです」


「研究所で?」とカイルが聞き返した。



「ここなら」と私は言った。「フェンも出られます。ナーシャも、マーサさんも、下町のみんなも。私の大切な人が全員揃えます」


 でも、と私は言いかけて口をつぐんだ。


 わがままだろうか。王家に入る私が、そんな勝手を言っていいのだろうか。



 でも——カイルは迷わず頷いた。


「いいでしょう」と、彼は言った。「ここで挙げましょう」


「でも、お父様や貴族の方々が……」


「俺が説得します」とカイルは言った。「——結婚式は誰のためのものか。世間体のためではない。俺とあなたの、そして大切な人たちのためです」


 その言葉に、私の迷いが消えた。



 研究所——それは私にとって、ただの建物ではなかった。


 すべてを失い、行き場をなくした私を、フェンが拾い、迎え入れてくれた場所。


 ここで私は薬師として生き直した。ナーシャと出会い、患者たちと絆を結び、もう一度生きる意味を見つけた。


 この再生の場所で永遠を誓う。それ以上にふさわしい場所は、どこにもなかった。



 数日後。


 私とカイルは王城へ出向き、国王陛下にお願いした。


 研究所で式を挙げたい、と。その理由も正直に話した。——聖獣フェンを出席させたいのだ、と。



 王はしばらく黙って聞いていた。


 そして——ふっと笑った。


「よかろう」と、王は言った。「そなたらしい。豪奢な大聖堂より、心のこもった場所での式。それもまた良い」



「ありがとうございます!」と私は頭を下げた。


「ただし」と、王は言った。「わしも出席するぞ。民に慕われる薬師の晴れ姿、この目で見ねばなるまい」


「陛下が……?」と私は驚いた。


「不満か?」と、王がにやりと笑った。


「いいえ! 光栄です!」



「では、わたしも」とアルヴィン殿下も微笑んだ。「兄として出席しよう。焦げた菓子は焼かずにおくよ」


 その冗談に、私とカイルは思わず笑った。



 研究所に帰り、私はまっすぐフェンのもとへ向かった。


「フェン。結婚式は、この研究所で挙げます。だから、あなたも出られます」


 フェンはしばらく私を見て、ふっと目を細めた。



「……そうか」と、フェンは静かに言った。「お前は本当に、最後まで俺を置いていかないんだな」


「当たり前です」と私は言った。「あなたは私の家族ですから」


 フェンは何も言わず、ただその鼻先をそっと私の頬に押し当てた。


 もふもふの温もりが、私の心を優しく満たした。


「楽しみにしておく」と、フェンはぽつりと言った。「お前の花嫁姿。きっと世界一綺麗だろうな」


 その不意の優しさに、私は思わず涙ぐんでしまった。



「ナーシャ! マーサさん!」と私は皆を呼んだ。「結婚式、この研究所で挙げることになりました!」


「本当ですか!?」とナーシャが跳び上がった。「やったあ! じゃあ、私たちもぜんぶ見られますね!」


「腕が鳴りますわ」とマーサさんも嬉しそうに言った。「庭を花で埋め尽くしてみせます」



 その日から、招待状を書く作業が始まった。


 下町の人々へ。患者のおばあさんたちへ。——そして。


「マーサさん」と私は言った。「この方たちにも。ミラさんと、ルカくんに」


 あの母子。フェンの背中によじ登って、もふもふした小さなルカ。


「あの子も、きっと喜びます」とマーサさんが微笑んだ。「フェンに、また会えると」


 一枚一枚、心を込めて招待状を認めていく。


 私のこれまでのすべての出会いが、この結婚式に集まろうとしていた。



 その夜、私とカイルは薬草園を歩いた。


 月明かりに照らされた薬草の葉が、静かに揺れている。


「ここに祭壇を置きましょう」とカイルが言った。「あなたがいつも薬を摘んでいる、この場所に」


「いいですね」と私は微笑んだ。「フェンの縁側からも、よく見えます」


 私たちはまだ何もない庭を見ながら、けれどその目には、花に彩られた結婚式の光景がはっきりと見えていた。



「エリーゼ」とカイルが、ふと立ち止まった。「——あなたと出会えて、本当によかった」


「私もです」と私は言った。


 秋の夜風が、二人の間を優しく吹き抜けていった。


 もうすぐ私たちは夫婦になる。その実感が、じわりと胸に広がった。



 結婚式の場所が決まった。


 この思い出の詰まった研究所で。


 薬草園の花に囲まれて、大切な人みんなに見守られて。


 私は——愛する人と永遠を誓う。


 国王陛下も、アルヴィン殿下も、フェンも、ナーシャも、マーサさんも、下町のみんなも、ミラさんとルカくんも。


 ——身分も立場も関係なく、私を想ってくれるすべての人が、一つの庭に集う。


 そんな温かい結婚式になる。そう思うと、私の胸は待ち遠しさでいっぱいになった。


 窓辺の貝殻と花の冠が、秋の陽に優しく輝いていた。


(第143話へ続く)

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