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王の言葉

 張り詰めた、静寂の中。


 王が、ゆっくりと、口を、開いた。


 その声は、低く、重く——広間の、隅々まで、響き渡った。



「皆の者、よく、見たな」と、王は、言った。「この女——エリーゼは。自らを、侮辱した、ハーグレイヴ侯爵を。ためらうことなく、救った」


 王の、視線が、広間を、見渡す。


「家柄も。過去も。立場も。——この女には、それを、超えた、何かが、ある。それは、人を、想う、心だ。——金でも、血筋でも、買えぬ、真の、気高さだ」



「聞けば」と、王は、続けた。「そなたは、下町の、流行り病を。その身を、危険に、晒してまで、鎮めたという。——貴族の、誰一人、手を、出さなかった、場所で。民は、そなたを、命の恩人と、慕っている」


 王の、声に、確かな、敬意が、こもっていた。


「家柄ある、貴族が、千人、いても。民を、これほど、救える者は、一人も、おらぬ。——エリーゼ。わしから、見れば。そなたこそが、真の、貴族だ」


 その言葉に——広間が、深い、感嘆の、ため息に、包まれた。



 貴族たちが、静かに、頷いた。


「わしは」と、王は、言った。「長く、生きてきた。だが——これほど、まっすぐな、人間を。見たことが、ない」


 その言葉に、私は——胸が、震えた。



「エリーゼ」と、王が、私の、名を、呼んだ。「面を、上げよ」


 私は、まっすぐ、王を、見上げた。


「そなたを——王家に、迎えることを、許す」と、王は、高らかに、宣言した。「カイルの、妃として。——いや。この国の、誇りとして」



 その瞬間——広間が、わっと、沸いた。


 拍手。歓声。祝福の、声。


 先ほどまで、私を、侮蔑していた、貴族たちが。今は、心からの、賛辞を、送っている。


 信じられない、光景だった。



 その輪の中から——アルヴィン殿下が、進み出てきた。


「よく、やった、エリーゼ妃」と、殿下は、穏やかに、微笑んだ。「これで、もう、誰も、文句は、言えまい。——いや。言わせない。私と、父上が、後ろ盾だ」


「アルヴィン殿下……」


「家族に、なるのだろう?」と、殿下は、言った。「——歓迎するよ。心から」


 その言葉が、温かかった。失われたはずの、兄が。今、こうして、私を、家族として、迎えてくれる。



 カイルが——私の、傍に、来た。


 その目には、涙が、滲んでいた。


「……やりましたね」と、カイルは、言った。「あなたが、自分の力で。——勝ち取ったんだ」


「いいえ」と私は、微笑んだ。「みんなの、おかげです。——あなたの。フェンの。マーサさんの。下町の、みんなの。——たくさんの人が、いてくれたから、です」


 カイルが、私の、手を、そっと、握った。


「これで、もう、何の、障害も、ありません」と、彼は、言った。「あなたを、堂々と、妻に、迎えられる。——本当に、長い、道のりでした」


「ええ」と私は、頷いた。「でも——あなたと、一緒なら。どんな、道も、進めました」


 二人で、見つめ合い、微笑んだ。きらびやかな、シャンデリアの、光の中で。



 運ばれていく、ハーグレイヴ侯爵が——意識の、戻った目で、私を、見た。


 何か、言いたげに。でも、言葉には、ならず。ただ、深く——目を、伏せた。


 その、屈服の、姿に。私は、勝ち誇る気持ちなど、湧かなかった。ただ、一つの、戦いが、終わったのだと、思った。



 その隣で、令嬢が、私に、歩み寄り、深々と、頭を、下げた。


「……申し訳、ありませんでした」と、令嬢は、震える声で、言った。「私、あなたを……ひどいことばかり。——本当に、ごめんなさい」


「もう、いいのです」と私は、その肩に、そっと、手を、置いた。「お父様の、ご回復を、お祈りしています。——どうか、おそばに」


 令嬢は、唇を、噛み、もう一度、頭を、下げた。



 夜会が、終わり。


 私とカイルは、明け方の、王城を、後にした。


 東の空が、白み始めていた。長い、長い、夜が——ようやく、明けたのだ。



 馬車に、揺られながら。


 ふと、私は、マーサさんから、聞いた、話を、思い出していた。


 ——あの後。ウィレムは、屋敷を、引き払い、遠い、田舎へと、移り住んだ、という。


 二度と、王都には、戻らない、つもりだ、と。静かに、残りの、人生を、過ごす、と。



 私は、もう、彼を、恨んでは、いなかった。憐れんでも、いなかった。


 ただ——一つの、長い、物語が。本当に、終わったのだと、感じた。


 過去は、過去。私は、もう、前だけを、見て、生きていく。


 ——さようなら。そして、どうか、あなたなりの、安らぎを。



 馬車は、研究所へと、向かっていた。


 早く——フェンに、報告したかった。


「やりましたよ、フェン」と。「あなたが、与えてくれた、この道で。私は、ちゃんと、認められました」と。


 あの、ぶっきらぼうな、聖獣は。きっと、「当然だ」と、言うのだろう。そう思うと、自然と、笑みが、こぼれた。



 研究所に、着くと——みんなが、門の前で、待っていてくれた。


 フェン。ナーシャ。マーサさん。


「先生!」「お嬢様!」


 ナーシャと、マーサさんが、駆け寄ってくる。


「ただいま」と私は、笑った。「——認められました。夜会、乗り越えましたよ!」


 ナーシャが、わっと、泣き出し。マーサさんが、私を、ぎゅっと、抱きしめた。



 縁側の、フェンが、目を、細めて、言った。


「……当然だ」と。


 ほら、やっぱり。私は、思わず、笑ってしまった。


「ただいま、フェン」と私は、その毛並みに、顔を、寄せた。「ぜんぶ、あなたの、おかげです」


「俺は、何も、していない」とフェンは、言った。「全部、お前が、やったことだ。——だから、胸を、張れ」


 もふもふの、ぬくもりが。長い夜の、疲れを、優しく、溶かしていった。



 朝日が、昇っていく。


 その光の中で——私は、確信していた。


 もう、何も、私を、縛るものは、ない。


 ここから先は——愛する人たちと、築いていく、本当の、幸せだけが、待っている。


 ——次は、結婚式だ。


 あの、冷たい家で、離縁状を、受け取った、私が。今度は、愛する人と、永遠を、誓う。


 その日を、思うと。私の胸は、温かい、期待で、いっぱいに、なった。


 窓辺の、貝殻と、花の冠も。海の思い出も、ルカの笑顔も。きっと、祝ってくれるだろう。


 長い夜の、果てに。眩しい、朝の光が、世界を、優しく、照らしていた。


(第141話へ続く)

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