第14話「研究所の話と、殿下の話」
王城から正式な書状が届いたのは、謁見から五日後のことだった。
王家所有の土地の中に、郊外に一区画、使われていない農地があるという。日当たりがよく、水源にも近い。薬草の栽培に向いているかどうか、一度見てほしいとあった。
同封されていたのは、地図と、カイル殿下直筆と思われる短い添書きだった。
「急かすつもりはありません。ご都合のいいときに」
几帳面で、少し小さな字だった。
「……殿下の字ですね」
私が呟くと、後ろでフェンが「何が」と言った。
「几帳面そうです」
「あの男はそういう男だ」
「フェンは殿下のことをよく知っているのですか」
フェンが少しの間、黙った。
「……少しな」
「どのくらい少し?」
「うるさい」
それ以上は教えてくれなかった。
◆
翌日、カイル殿下が直接ヴァルハイン家を訪ねてきた。
「土地の件、実際に案内しようかと思いまして」
「わざわざ殿下が、ですか」
「俺が持ち出した話ですから」
殿下が当然のように言った。相変わらず、口数が少ない割に行動が早かった。
三人で郊外へ向かった。三人というのは、私と殿下と——当然のようについてきたフェンである。狼の姿のまま、黙々と私の隣を歩いていた。
「フェンは来なくてもよかったのですよ」
「来る」
「理由は」
「お前が行くから」
殿下が横でくっと息をついた。笑いをこらえているようだった。
◆
土地は、書状にあった通り、日当たりのいい場所だった。
緩やかな丘の南向き斜面。雑草は生えているが、土は柔らかく、遠くに小川の音が聞こえた。風が通りよく、午後でも日が差し込んでいた。
私はしゃがんで、土を少しだけ手に取った。
指の間に、何かが伝わってくる。加護のおかげで、土の質が少しわかるようになっていた。水分の保ちがいい。根が伸びやすい。この土なら、乾燥しやすい薬草も、湿気を好む薬草も、区画を分ければどちらも育てられそうだった。
「……いい土です」
「そうですか」
殿下が隣にしゃがんで、同じように土を見た。私のように何かが伝わってくるわけではないだろうが、真剣な顔をしていた。
「どのくらいの広さがあれば、最初の研究所として機能しますか」
「そうですね……」
私は立ち上がって、あたりを見渡した。
「この半分でも十分すぎるくらいです。最初は小さく始めて、需要に合わせて広げていければ」
「将来的に広げることも考えて、全体を確保しておきましょう。使わない部分は別の用途にもできますから」
殿下の判断は、いつも無駄がなかった。
「ありがとうございます」
「礼には及びません。……俺が、したいのです」
前にも聞いた言葉だった。また静かに、迷いなく言われた。
私の胸が、また少し揺れた。
フェンがずかずかと私と殿下の間に入って、どかりと腰を下ろした。
「俺もいる」
「……わかっています、フェン」
「わかっているならいい」
殿下が苦笑した。
◆
帰り道、三人並んで歩いた。
殿下が研究所の運営について、いくつか聞いてきた。薬をどんな形で販売するのか。値段はどう設定するつもりか。人手はどうするか。
私は一つ一つ、考えながら答えた。
正直なところ、まだ何も決まっていなかった。漠然とした夢として持っていただけで、具体的な計画は何もなかった。でも殿下が「それはどうするつもりですか」と聞いてくるたびに、私の中で輪郭がはっきりしていく気がした。
「値段は……最初は、払える人が払えるだけでいいかと思っています。払えない人には、別の形で」
「別の形、とは」
「薬草の世話を手伝ってもらうとか。採集を頼むとか。お金ではない形でも、受け取れるようにしたくて」
殿下がしばらく黙ってから、言った。
「……それは、難しい運営になりますよ」
「わかっています」
「でも」
「でも、そうしたいのです」
私が言うと、殿下が少し間を置いてから、静かに微笑んだ。
「……そうですね。難しくても、できる形を一緒に考えましょう」
一緒に、という言葉が、思ったより深く胸に届いた。
七年間、誰かと「一緒に」何かを考えたことが、ほとんどなかった気がした。
◆
ヴァルハイン家の門まで戻ったとき、殿下が少し立ち止まった。
「今日は来てよかった」
「そうですか」
「あなたの話を聞くのが、好きです」
真剣な顔で言われた。
私はしばらく、何も言えなかった。
「……殿下は」
「はい」
「いつも、そういうことを迷いなく言いますね」
「迷っていないわけではありません」
殿下が少しだけ、視線を落とした。
「ただ、言わないよりは言った方がいいと思っています。あなたには特に」
「私には特に、とは」
「……続きはまた今度」
殿下が微かに笑って、踵を返した。
フェンが私の隣で盛大にため息をついた。
「……フェン」
「何も言っていない」
「何か言いたそうです」
「言っていない」
フェンは横を向いた。でも耳の先が、いつものように少しだけ赤みがかって見えた。
(第15話へ続く)




