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第14話「研究所の話と、殿下の話」

 王城から正式な書状が届いたのは、謁見から五日後のことだった。


 王家所有の土地の中に、郊外に一区画、使われていない農地があるという。日当たりがよく、水源にも近い。薬草の栽培に向いているかどうか、一度見てほしいとあった。


 同封されていたのは、地図と、カイル殿下直筆と思われる短い添書きだった。


 「急かすつもりはありません。ご都合のいいときに」


 几帳面で、少し小さな字だった。


「……殿下の字ですね」


 私が呟くと、後ろでフェンが「何が」と言った。


「几帳面そうです」


「あの男はそういう男だ」


「フェンは殿下のことをよく知っているのですか」


 フェンが少しの間、黙った。


「……少しな」


「どのくらい少し?」


「うるさい」


 それ以上は教えてくれなかった。



 翌日、カイル殿下が直接ヴァルハイン家を訪ねてきた。


「土地の件、実際に案内しようかと思いまして」


「わざわざ殿下が、ですか」


「俺が持ち出した話ですから」


 殿下が当然のように言った。相変わらず、口数が少ない割に行動が早かった。


 三人で郊外へ向かった。三人というのは、私と殿下と——当然のようについてきたフェンである。狼の姿のまま、黙々と私の隣を歩いていた。


「フェンは来なくてもよかったのですよ」


「来る」


「理由は」


「お前が行くから」


 殿下が横でくっと息をついた。笑いをこらえているようだった。



 土地は、書状にあった通り、日当たりのいい場所だった。


 緩やかな丘の南向き斜面。雑草は生えているが、土は柔らかく、遠くに小川の音が聞こえた。風が通りよく、午後でも日が差し込んでいた。


 私はしゃがんで、土を少しだけ手に取った。


 指の間に、何かが伝わってくる。加護のおかげで、土の質が少しわかるようになっていた。水分の保ちがいい。根が伸びやすい。この土なら、乾燥しやすい薬草も、湿気を好む薬草も、区画を分ければどちらも育てられそうだった。


「……いい土です」


「そうですか」


 殿下が隣にしゃがんで、同じように土を見た。私のように何かが伝わってくるわけではないだろうが、真剣な顔をしていた。


「どのくらいの広さがあれば、最初の研究所として機能しますか」


「そうですね……」


 私は立ち上がって、あたりを見渡した。


「この半分でも十分すぎるくらいです。最初は小さく始めて、需要に合わせて広げていければ」


「将来的に広げることも考えて、全体を確保しておきましょう。使わない部分は別の用途にもできますから」


 殿下の判断は、いつも無駄がなかった。


「ありがとうございます」


「礼には及びません。……俺が、したいのです」


 前にも聞いた言葉だった。また静かに、迷いなく言われた。


 私の胸が、また少し揺れた。


 フェンがずかずかと私と殿下の間に入って、どかりと腰を下ろした。


「俺もいる」


「……わかっています、フェン」


「わかっているならいい」


 殿下が苦笑した。



 帰り道、三人並んで歩いた。


 殿下が研究所の運営について、いくつか聞いてきた。薬をどんな形で販売するのか。値段はどう設定するつもりか。人手はどうするか。


 私は一つ一つ、考えながら答えた。


 正直なところ、まだ何も決まっていなかった。漠然とした夢として持っていただけで、具体的な計画は何もなかった。でも殿下が「それはどうするつもりですか」と聞いてくるたびに、私の中で輪郭がはっきりしていく気がした。


「値段は……最初は、払える人が払えるだけでいいかと思っています。払えない人には、別の形で」


「別の形、とは」


「薬草の世話を手伝ってもらうとか。採集を頼むとか。お金ではない形でも、受け取れるようにしたくて」


 殿下がしばらく黙ってから、言った。


「……それは、難しい運営になりますよ」


「わかっています」


「でも」


「でも、そうしたいのです」


 私が言うと、殿下が少し間を置いてから、静かに微笑んだ。


「……そうですね。難しくても、できる形を一緒に考えましょう」


 一緒に、という言葉が、思ったより深く胸に届いた。


 七年間、誰かと「一緒に」何かを考えたことが、ほとんどなかった気がした。



 ヴァルハイン家の門まで戻ったとき、殿下が少し立ち止まった。


「今日は来てよかった」


「そうですか」


「あなたの話を聞くのが、好きです」


 真剣な顔で言われた。


 私はしばらく、何も言えなかった。


「……殿下は」


「はい」


「いつも、そういうことを迷いなく言いますね」


「迷っていないわけではありません」


 殿下が少しだけ、視線を落とした。


「ただ、言わないよりは言った方がいいと思っています。あなたには特に」


「私には特に、とは」


「……続きはまた今度」


 殿下が微かに笑って、踵を返した。


 フェンが私の隣で盛大にため息をついた。


「……フェン」


「何も言っていない」


「何か言いたそうです」


「言っていない」


 フェンは横を向いた。でも耳の先が、いつものように少しだけ赤みがかって見えた。


(第15話へ続く)

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