表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/34

第13話「王城にて」

 王城は、思っていたより静かだった。


 正確には、私たちが通される廊下が静かだった。案内の騎士が先導し、私とフェンがその後ろを歩く。すれ違う者が、一様に足を止めて振り返った。


 理由は、わかっていた。


 フェンのせいだった。


 白銀の髪を持つ長身の男性が、無表情で廊下を歩いている。それだけで、十分すぎるほど目を引いた。侍女が二人、小声で何かを囁き合いながら通り過ぎていった。若い騎士が、つい立ち止まってフェンを見つめた。廊下の先の扉から顔を出した者が、慌てて引っ込んだ。


「……見られています」


 私が小声で言うと、フェンが短く答えた。


「知っている」


「慣れていますか」


「慣れない。不快だ」


「……そうですね」


 私はそっとフェンの腕の横に自分の手を寄せた。約束通り、離れないように。フェンが一瞬こちらを見て、何も言わなかった。ただ、歩く速度がわずかに落ちた。私に合わせるように。



 謁見の間に入ると、カイル殿下が先に待っていた。


 殿下がフェンを見て、一瞬だけ目を丸くした。


「……フェンリル。来てくれましたか」


「約束ではない。来てやっただけだ」


「それでも、ありがたいことです」


 殿下の視線がちらりと私に向いた。


「エリーゼさん、お疲れ様です。道中は問題ありませんでしたか」


「はい。ご配慮ありがとうございます」


 フェンが殿下と私の間に、さっと一歩踏み出した。肩が私の視界をさえぎるくらい、はっきりとした動作だった。


「……邪魔をするな」


 殿下が苦笑した。


「邪魔をするつもりはありませんよ。ご挨拶をしていただけです」


「立ち位置が近い」


「謁見の間でここ以外に立つ場所がないのですが」


「もう少し離れろ」


 殿下が困った顔で私を見た。私は「フェン」と静かに言った。


「殿下は私たちを案内してくださっているのです」


「……わかっている」


「わかっているなら」


 フェンが不満そうに半歩下がった。小さな半歩だったが、殿下は「ありがとうございます」と丁寧に礼を言った。フェンは何も答えなかった。



 国王陛下は、想像より穏やかな方だった。


 五十代前後の、落ち着いた雰囲気の男性だった。王冠はつけているが、形式ばった様子はなく、どことなくカイル殿下と似た静かな空気を持っていた。


「来てくれて嬉しい。ヴァルハイン伯爵令嬢——今はフェンリルの伴侶か」


「はい、陛下。エリーゼ・ヴァルハインと申します」


「顔を上げよ。聖獣の伴侶に畏まられるのは、こちらが落ち着かない」


 陛下が穏やかに笑った。視線がフェンへ移る。


「フェンリル。久しぶりに人の姿を見た。相変わらず不機嫌そうだな」


「……陛下こそ、相変わらず気安い」


「聖獣に敬語を使われても落ち着かん。昔からそうだろう」


 フェンが鼻から小さく息を抜いた。返事の代わりのようだった。


 陛下と以前から面識があるらしい。そのことに、私は少し驚いた。聖獣と王家には、私が知らない歴史があるのかもしれなかった。


「薬草の研究所を作りたいと聞いた」


 陛下が私に視線を戻して、言った。


「カイルから報告を受けています。近隣の病人を助けているとも」


「まだ家の庭だけで、たいしたことは——」


「たいしたことはある。薬師というのは数が少ない。民のために動ける者はもっと少ない」


 陛下が少し身を乗り出すようにして、静かに言った。


「王家として、できる支援をしたい。遠慮はいらない。聖獣が選んだ人間だ。それだけで、信用に値する」


 私はしばらく、言葉が出なかった。


 七年間、誰かに「信用する」と言われたとき、それは必ず何かの条件がついていた。侯爵夫人としての振る舞いが、家格が、役に立つかどうかが。


 でも今陛下が言ったのは——ただそれだけのことだった。


「……ありがとうございます」


 声が、少しかすれた。


 陛下が優しく笑った。横でフェンが「当然だ」と小さく呟いた。私のことを言ったのか、自分のことを言ったのか、どちらかわからなかった。



 帰り道、王城の廊下をまた歩いた。


 行きよりも視線が増えていた。どこかで噂が広まったのかもしれない。侍女たちが遠巻きに見ている。騎士が一人、通り際に目を止めて、気まずそうに前を向いた。


 フェンが私の隣に、ぴったりと寄り添って歩いていた。


 自然な動作だった。誰かを遠ざけるためでも、見せつけるためでもなく、ただそこに並んでいた。ただ、その存在感はかなりのものだった。遠巻きだった視線が、ほんの少し遠くなった気がした。


「……フェン」


「何だ」


「さっきより近いですよ」


「約束した。離れるな、と言った」


「それは私が離れないようにという意味でしたよね」


「両方だ」


 私は少し考えて、それから何も言わないことにした。


 白銀の髪が、廊下の灯りに揺れていた。



 ヴァルハイン家に戻ると、フェンは縁側に出るなり、盛大にため息をついた。


 白銀の光が一瞬あたりを包んで——見慣れた大きな狼の姿が、どかりと縁側に倒れ込んだ。


「……疲れましたか」


「人型は嫌いだと言った」


「言いましたね」


「二度はしない。しばらく」


「今日はありがとうございました。助かりました」


 フェンがむすっとしたまま、大きな頭を私の膝に乗せた。いつもの重さだった。いつもの温かさだった。


 私はゆっくりと、白銀の毛並みに指を通した。


「約束通り、梳かします」


「……さっさとしろ」


「はいはい」


 フェンが目を細めた。


 今日一日ぶんの緊張が、その温かさの中で少しずつ溶けていくようだった。空が橙色から藍色に変わっていく中、縁側に二人分の静けさがあった。


(第14話へ続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ