夜会はじまる
夜会の日が来た。
マーサさんが丹精込めて仕立てたドレス。
淡い空色の生地に銀の刺繍。華美ではないが凛とした気品のある装いだった。
鏡の前に立つ私は——もう、あの頃のうつむいた令嬢ではなかった。
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「お綺麗です、お嬢様」とマーサさんが目を潤ませた。「どこに出しても恥ずかしくない。——いいえ。誰よりも美しい」
「マーサさんのおかげです」と私は微笑んだ。
「ご武運を」とマーサさんは深く頭を下げた。
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縁側でフェンが私を見ていた。
「……ほう」とフェンは目を細めた。「馬子にも衣装、と言いたいところだが。——よく似合っている」
「ありがとう、フェン」と私は笑った。
「行ってこい」とフェンは言った。「貴族どもに——お前の本物の強さを見せてやれ」
◆
「先生、頑張ってください!」とナーシャが手を振った。
私は皆に見送られ、馬車に乗り込んだ。
胸元には——下町の人々からもらったお守りを忍ばせていた。
民の思い。家族の支え。それが私の何よりの鎧だった。
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王城の大広間。
無数のシャンデリアが煌めき、着飾った貴族たちがひしめいていた。
優雅な音楽。きらびやかなドレス。——まさに別世界だった。
私が入場すると——一斉に視線が集まった。
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ざわめき。ひそひそと交わされる囁き。
「あれが噂の……」「離縁された女が、よくも……」「下町の薬師ですって」
好奇と侮蔑の入り混じった視線。
でも——私は背筋を伸ばし、まっすぐ前を見て歩いた。マーサさんに教わった通りに。
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人混みの中から——カイルが近づいてきた。
その目が私を見て——大きく見開かれた。
「……エリーゼ」とカイルは言葉を失ったようにつぶやいた。「綺麗だ。——本当に綺麗だ」
「ありがとうございます」と私は頬を染めた。
◆
カイルが私に腕を差し出した。
私がその腕を取ると——周囲のざわめきが一段と大きくなった。
第二王子が自らエスコートする相手。それが私だという事実に。
アルヴィン殿下も近づいてきて、にこやかに言った。
「よく来た、エリーゼ妃。——堂々としていなさい。あなたには、その資格がある」
◆
やがて優雅な音楽が流れ始めた。
カイルが私に手を差し出した。
「踊っていただけますか」と、彼は言った。
「私でよければ」と私はその手を取った。
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ホールの中央へ。
カイルのリードに合わせて、私はステップを踏んだ。マーサさんと何度も練習したダンス。
最初は緊張していた私も、カイルの温かい手に導かれ、次第に身体が軽くなっていった。
くるり、くるりと舞う。空色のドレスの裾が優雅に翻った。
◆
気づけば——周囲の貴族たちが私たちを見つめていた。
その視線から侮蔑の色が薄れ、代わりに見惚れるようなものが混じっていた。
「……まあ、お上手」「あの方が下町の薬師?」「とても、そうは見えませんわ」
囁きの質が変わり始めていた。
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踊り終えると——一人の年配の貴婦人が近づいてきた。
「お見事なダンスでしたわ」と、貴婦人は品よく微笑んだ。「わたくし、モンタギュー伯爵夫人。——あなたのお噂は、かねがね。下町を救われたとか。立派なことですわ」
「ありがとうございます」と私は丁寧に礼をした。
すべての貴族が敵ではない。——その小さな手応えに、私は少し勇気を得た。
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その時——人々が左右に分かれた。
ハーグレイヴ侯爵と、あの令嬢がこちらへやってくる。
令嬢は豪奢な真紅のドレスをまとい、扇で口元を隠して微笑んでいた。
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「あら、エリーゼ様」と、令嬢が艶やかに言った。「まあ、ずいぶんとご立派な装いで。——どちらでお借りになったのかしら? まさか、ご自分のものではないでしょう?」
あからさまな嘲りだった。周囲の貴族たちがくすくすと笑う。
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でも——私は動じなかった。
「ええ、借り物です」と私は穏やかに微笑んだ。
「私を大切に想ってくれる人が、心を込めて仕立ててくれました。——お金で買ったドレスより、よほど価値があると思いませんか?」
令嬢の笑みが——ぴくりと、こわばった。
◆
その凛とした返答に、周囲の空気がわずかに変わった。
くすくす笑いが止み、代わりに感心したような囁きが漏れた。
「……生意気な」と、令嬢が小さく舌打ちをした。
カイルが私だけに聞こえるように、そっと囁いた。
「お見事です」と。
その小さな援護が、私の心をふっと軽くした。隣に味方がいる。それだけで、どんな視線も怖くなかった。
◆
「ふん」と、ハーグレイヴ侯爵が前に出た。「口は達者なようだ。だが——夜会はまだ始まったばかり。言葉の遊びで王家に入れると思うなよ」
その目に——隠しきれない悪意が光っていた。
この男は——何か企んでいる。私は直感した。
◆
その時、広間に高らかなラッパの音が響いた。
国王陛下のご入場だった。
貴族たちが一斉に頭を垂れる。
玉座に座した王の鋭い視線が——まっすぐ私を捉えた。
◆
「さあ」と、王がよく通る声で言った。「今宵は無礼講だ。——だが、わしは一つ見極めたいと思っている。この国に新しく迎えるにふさわしい者がいるのか、どうか」
その言葉に——広間中の視線が私に集まった。
◆
——さあ。本当の夜会が、今始まる。
私はぐっとこぶしを握り、覚悟を決めた。
胸元のお守りが、私を励ますように温かかった。
貴族たちの視線も、ハーグレイヴの悪意も——すべて受けて立つ。
私はもう逃げない。うつむかない。
あの朝、涙も出なかった私が、今こうして王の目の前に胸を張って立っている。
——七年の果てに辿り着いた、この場所で。私は私の価値を証明してみせる。
私はまっすぐ顔を上げた。
(第139話へ続く)




