謁見
王城の謁見の間。
高い天井。荘厳な石の柱。深紅の絨毯が玉座までまっすぐに続いていた。
その玉座に——この国の王が座していた。
白髪に鋭い眼光。歳を重ねながらも隙のない威厳をまとった、お方だった。
◆
玉座の傍らには——ハーグレイヴ侯爵が立っていた。
恰幅の良い中年の男。薄い笑みを浮かべ、私を見下ろしている。
あの令嬢の父。私を貶めようとしている張本人。
◆
私とカイルは絨毯を進み、玉座の前で膝をついた。
「陛下にご挨拶申し上げます」と私は頭を垂れた。
「面を上げよ」と、王が言った。
低く、よく通る声だった。
◆
私はゆっくりと顔を上げた。
王の鋭い視線が私を射抜く。
「そなたが——下町を救った薬師、エリーゼか」
「はい」と私は答えた。
◆
その時、ハーグレイヴ侯爵が口を開いた。
「陛下」と、侯爵は慇懃に言った。「この者は夫に離縁された女。没落した家の出にございます。そのような素性の者が下町で民を扇動し、騒ぎを起こしている。——王家の威信に関わる由々しき事態かと」
◆
あからさまな中傷だった。
でも——私は動じなかった。
「ハーグレイヴはこう申しておる」と、王が私を見た。「そなたは民を扇動する危険な女だと。——どう申し開く」
◆
「申し開くことはございません」と私はまっすぐ王を見て言った。
「私が離縁されたことも。家が没落したことも。——すべて事実です。隠すつもりはありません」
侯爵の口元が嘲笑に歪んだ。
◆
「ですが」と私は続けた。「私は民を扇動してなどおりません。ただ——病に苦しむ人を救いに行っただけです。目の前に死にかけた人がいれば、手を伸ばす。それが薬師の務めです」
「自らの立場を危うくしてまでか」と、王が聞いた。
◆
「立場など」と私は言った。「目の前の命より重くはありません」
謁見の間が、しんと静まり返った。
「私はかつて」と私は静かに続けた。「すべてを失い、誰にも救われず、独りでした。あの時——もし誰かが手を伸ばしてくれていたら、と。何度も思いました」
◆
「だから決めたのです」と私は言った。「私は手を伸ばす人になろう、と。かつての私のように苦しむ人に。——身分も見返りも関係なく。それが私の生き方です」
王は——しばらく無言で私を見つめていた。
◆
やがて、王がふっと息を吐いた。
「面白い」と、王は言った。「わしの元には、そなたの噂ばかりが届く。貴族からは苦情が、民からは感謝が。——これほど評価の割れる者も珍しい」
「陛下」と、ハーグレイヴ侯爵が慌てて言った。「まさか、このような女の戯言を——」
◆
「ハーグレイヴ」と、王が侯爵を遮った。
その声に、わずかな冷たさが混じった。
「そなたは家柄を誇る。——だが問おう。民にこれほど慕われる貴族が、そなたの知る中に何人いる?」
侯爵が言葉に詰まった。
◆
「民の信は」と、王は言った。「金でも家柄でも買えぬ。——この女はそれを自らの手で勝ち取った。軽んじてはならぬ」
その言葉に——侯爵の顔が屈辱に赤らんだ。
私は内心、驚いていた。王が——私の側に立ってくれている。
◆
「だが」と、王は私に向き直った。「カイルの妃に迎えるとなれば話は別だ。王家に入るには——貴族たちの納得も必要となる」
「……はい」と私は頷いた。
◆
「ゆえに」と、王は言った。「近く夜会を開く。多くの貴族が集まる場だ。——そこでそなたが王家にふさわしいか、わし自ら見極めよう」
それは——試練の宣告だった。
貴族たちの前で、私の真価が問われる。
◆
その時、それまで黙っていたカイルが口を開いた。
「父上」とカイルは言った。「一つ申し上げたいことがあります」
「申してみよ」と、王が言った。
「たとえ夜会で何があろうと」とカイルははっきりと言った。「私の心は変わりません。——私が生涯を共にしたいと思うのは、エリーゼただ一人です」
◆
その揺るぎない言葉に、謁見の間がざわめいた。
「……ほう」と、王が片眉を上げた。「ずいぶんと言うようになったな、カイル。——あの無口で、何を考えているかわからなかったお前が」
「エリーゼが私を変えてくれたのです」とカイルはまっすぐ言った。「彼女と出会って、私は初めて心から何かを欲しいと思いました」
王の口元に——かすかな笑みが浮かんだのを、私は見た。
◆
「……良い面構えだ」と、王はぽつりと言った。「お前がそこまで言うとはな」
でも、すぐにその表情を引き締めた。
「だが、情だけでは王家は立ち行かぬ。——だからこそ夜会だ。二人で貴族たちを納得させてみせよ」
「必ず」とカイルが頷いた。
◆
「謹んでお受けいたします」と私は深く頭を下げた。
逃げる気はなかった。むしろ——望むところだった。
ハーグレイヴ侯爵がぎろりと私を睨んだ。その目は「夜会で潰してやる」と語っていた。
◆
謁見を終え、廊下に出ると。
カイルがそっと私に囁いた。
「……すまない。面倒なことになってしまった」
「いいえ」と私は微笑んだ。「望むところです。——堂々と認めさせてみせます」
◆
窓の外には秋の空が広がっていた。
夜会という新たな戦いの舞台。
貴族たちの値踏みの視線。ハーグレイヴ侯爵の悪意。
でも——私には民の思いがある。カイルがいる。フェンが待っている。
私はもう、何も恐れなかった。
胸元で、老人の銅貨と子供の野の花が私を支えていた。
——あの人たちのために。そして自分の人生のために。私はこのきらびやかな戦場でも、胸を張って立ってみせる。
秋の日が王城の窓を明るく照らしていた。
(第137話へ続く)




