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謁見

 王城の謁見の間。


 高い天井。荘厳な石の柱。深紅の絨毯が玉座までまっすぐに続いていた。


 その玉座に——この国の王が座していた。


 白髪に鋭い眼光。歳を重ねながらも隙のない威厳をまとった、お方だった。



 玉座の傍らには——ハーグレイヴ侯爵が立っていた。


 恰幅の良い中年の男。薄い笑みを浮かべ、私を見下ろしている。


 あの令嬢の父。私を貶めようとしている張本人。



 私とカイルは絨毯を進み、玉座の前で膝をついた。


「陛下にご挨拶申し上げます」と私は頭を垂れた。


「面を上げよ」と、王が言った。


 低く、よく通る声だった。



 私はゆっくりと顔を上げた。


 王の鋭い視線が私を射抜く。


「そなたが——下町を救った薬師、エリーゼか」


「はい」と私は答えた。



 その時、ハーグレイヴ侯爵が口を開いた。


「陛下」と、侯爵は慇懃に言った。「この者は夫に離縁された女。没落した家の出にございます。そのような素性の者が下町で民を扇動し、騒ぎを起こしている。——王家の威信に関わる由々しき事態かと」



 あからさまな中傷だった。


 でも——私は動じなかった。


「ハーグレイヴはこう申しておる」と、王が私を見た。「そなたは民を扇動する危険な女だと。——どう申し開く」



「申し開くことはございません」と私はまっすぐ王を見て言った。


「私が離縁されたことも。家が没落したことも。——すべて事実です。隠すつもりはありません」


 侯爵の口元が嘲笑に歪んだ。



「ですが」と私は続けた。「私は民を扇動してなどおりません。ただ——病に苦しむ人を救いに行っただけです。目の前に死にかけた人がいれば、手を伸ばす。それが薬師の務めです」


「自らの立場を危うくしてまでか」と、王が聞いた。



「立場など」と私は言った。「目の前の命より重くはありません」


 謁見の間が、しんと静まり返った。


「私はかつて」と私は静かに続けた。「すべてを失い、誰にも救われず、独りでした。あの時——もし誰かが手を伸ばしてくれていたら、と。何度も思いました」



「だから決めたのです」と私は言った。「私は手を伸ばす人になろう、と。かつての私のように苦しむ人に。——身分も見返りも関係なく。それが私の生き方です」


 王は——しばらく無言で私を見つめていた。



 やがて、王がふっと息を吐いた。


「面白い」と、王は言った。「わしの元には、そなたの噂ばかりが届く。貴族からは苦情が、民からは感謝が。——これほど評価の割れる者も珍しい」


「陛下」と、ハーグレイヴ侯爵が慌てて言った。「まさか、このような女の戯言を——」



「ハーグレイヴ」と、王が侯爵を遮った。


 その声に、わずかな冷たさが混じった。


「そなたは家柄を誇る。——だが問おう。民にこれほど慕われる貴族が、そなたの知る中に何人いる?」


 侯爵が言葉に詰まった。



「民の信は」と、王は言った。「金でも家柄でも買えぬ。——この女はそれを自らの手で勝ち取った。軽んじてはならぬ」


 その言葉に——侯爵の顔が屈辱に赤らんだ。


 私は内心、驚いていた。王が——私の側に立ってくれている。



「だが」と、王は私に向き直った。「カイルの妃に迎えるとなれば話は別だ。王家に入るには——貴族たちの納得も必要となる」


「……はい」と私は頷いた。



「ゆえに」と、王は言った。「近く夜会を開く。多くの貴族が集まる場だ。——そこでそなたが王家にふさわしいか、わし自ら見極めよう」


 それは——試練の宣告だった。


 貴族たちの前で、私の真価が問われる。



 その時、それまで黙っていたカイルが口を開いた。


「父上」とカイルは言った。「一つ申し上げたいことがあります」


「申してみよ」と、王が言った。


「たとえ夜会で何があろうと」とカイルははっきりと言った。「私の心は変わりません。——私が生涯を共にしたいと思うのは、エリーゼただ一人です」



 その揺るぎない言葉に、謁見の間がざわめいた。


「……ほう」と、王が片眉を上げた。「ずいぶんと言うようになったな、カイル。——あの無口で、何を考えているかわからなかったお前が」


「エリーゼが私を変えてくれたのです」とカイルはまっすぐ言った。「彼女と出会って、私は初めて心から何かを欲しいと思いました」


 王の口元に——かすかな笑みが浮かんだのを、私は見た。



「……良い面構えだ」と、王はぽつりと言った。「お前がそこまで言うとはな」


 でも、すぐにその表情を引き締めた。


「だが、情だけでは王家は立ち行かぬ。——だからこそ夜会だ。二人で貴族たちを納得させてみせよ」


「必ず」とカイルが頷いた。



「謹んでお受けいたします」と私は深く頭を下げた。


 逃げる気はなかった。むしろ——望むところだった。


 ハーグレイヴ侯爵がぎろりと私を睨んだ。その目は「夜会で潰してやる」と語っていた。



 謁見を終え、廊下に出ると。


 カイルがそっと私に囁いた。


「……すまない。面倒なことになってしまった」


「いいえ」と私は微笑んだ。「望むところです。——堂々と認めさせてみせます」



 窓の外には秋の空が広がっていた。


 夜会という新たな戦いの舞台。


 貴族たちの値踏みの視線。ハーグレイヴ侯爵の悪意。


 でも——私には民の思いがある。カイルがいる。フェンが待っている。


 私はもう、何も恐れなかった。


 胸元で、老人の銅貨と子供の野の花が私を支えていた。


 ——あの人たちのために。そして自分の人生のために。私はこのきらびやかな戦場でも、胸を張って立ってみせる。


 秋の日が王城の窓を明るく照らしていた。


(第137話へ続く)

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