民の声
下町での日々は続いた。
三日、四日。私とナーシャは寝る間も惜しんで患者を診続けた。
そして——少しずつ町に変化が現れ始めた。
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新しく倒れる人が減ってきた。
水を煮沸する習慣が広まり、薬が行き渡ったおかげだった。
熱から回復した人たちが、今度は自ら手伝ってくれた。水を運び、薬を配り、まだ苦しむ人を看病する。
町全体が——一つになって病と戦っていた。
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「薬師様、これを」
あるおばあさんが私に卵を一つ差し出した。
「うちにはこれしかないけど、あんたに食べてほしくて」
「ありがとうございます」と私はその温かい気持ちを受け取った。
貧しい中から差し出される、ささやかな感謝。それが何よりも胸に染みた。
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熱が引いた小さな女の子が、私の袖を引いた。
「おねえちゃん、ありがとう」と、その子ははにかんで言った。「これ、あげる」
差し出されたのは——道端で摘んだ小さな野の花だった。
私はそれを受け取り、そっと髪に挿した。
「とても嬉しいです」と私は微笑んだ。「一生、大切にします」
その子の顔がぱっと輝いた。——こういう瞬間のために、私はここにいるのだと思う。
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でも——平穏は長くは続かなかった。
その日の昼下がり。
立派な馬車が数台、下町に乗りつけた。
降りてきたのは——身なりの良い役人風の男たちだった。
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「貴様がエリーゼか」と先頭の男が横柄に言った。「ハーグレイヴ侯爵の命で来た。——勝手に下町で医術の真似事をしているそうだな」
「真似事ではありません」と私は静かに言った。「病に苦しむ人を救っているだけです」
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「許可もなく」と男はせせら笑った。「素性も怪しい女が、民をたぶらかし騒ぎを起こしている。——侯爵はこれを看過できぬと仰せだ」
「……」
「即刻ここを立ち去れ」と男は言った。「さもなくば、お前を王都を騒がせた咎で引っ立てる」
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あからさまな言いがかりだった。
ハーグレイヴ侯爵。私を貶めるための口実を探していたのだ。
でも——私は動じなかった。
「私は立ち去りません」と私はまっすぐ男を見て言った。「まだ苦しんでいる人がいる限り。——どんな咎を受けても、ここに残ります」
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男の顔が怒りに歪んだ。
「この女……!」
その時だった。
「やめろ!」
一つの声が響いた。
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見ると——回復したばかりの若い男が、私たちの間に割って入っていた。
「この方は、わしらを救ってくれたんだ!」と男は叫んだ。「熱で死にかけたわしを。——薬師様が助けてくれた!」
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それを皮切りに。
一人、また一人。下町の人々が私の周りに集まってきた。
「そうだ! 貴族のお医者は誰も来なかった!」
「来たのは、この薬師様だけだ!」
「連れていくなら、わしらも連れていけ!」
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みるみる人々が増えていく。
老人も、母親も、子供も。
みんなが私を囲むように立ち、役人たちを睨みつけた。
その数えきれない声、声、声に——役人たちはたじろいだ。
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「な、何だ貴様ら……!」と男がたじろいだ。「侯爵に逆らうつもりか……!」
「侯爵様が何だ!」と誰かが叫んだ。「わしらを見捨てた貴族なんぞ知るか!」
人々の怒りが役人たちに向けられた。
もはや力ずくではどうにもならない空気だった。
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その時。
私の傍に控えていた護衛の隊長が、静かに前に出た。
「——役人殿」と隊長は言った。「言い忘れていたが、この方は第二王子カイル殿下の庇護下にある。手出しは殿下への無礼と心得られよ」
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その言葉に——役人たちの顔が青ざめた。
第二王子の庇護。それを敵に回すことがどれほど危険か。
「ぐ……っ」と男は歯を噛んだ。「お、覚えておけ……! この件、侯爵に報告させてもらう……!」
そう捨て台詞を残し、役人たちは逃げるように去っていった。
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馬車が去ったあと。
下町に——わっと歓声が上がった。
「やった!」「薬師様を守ったぞ!」
人々は抱き合い、喜び合った。
私は——その光景を見ながら、胸がいっぱいになって言葉が出なかった。
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「みなさん……」と私はようやく言った。「ありがとうございます。——私を守ってくれて」
「礼を言うのは、わしらの方だ!」と人々は笑った。「薬師様。あんたは、わしらの誇りだ!」
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ふと隣を見ると——ナーシャがぼろぼろと泣いていた。
「ナーシャ、どうしたの」と私は聞いた。
「だって……」とナーシャはしゃくりあげた。「怖かったんです。あの役人たちが先生を連れていくんじゃないかって。——でも、みんなが先生を守ってくれて、それが嬉しくて……」
私はその優しい子を、そっと抱きしめた。
「大丈夫」と私は言った。「私はどこにも行きません。——あなたと一緒に、最後までこの町を救いましょう」
「……はい!」とナーシャは涙を拭って笑った。
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私は知った。
立場でも家柄でもない。
——人を救う、その積み重ねが。いつしか、こんなにも大きな力になっていたのだと。
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その夜。
知らせを聞いたカイルが、馬を飛ばして駆けつけてきた。
「エリーゼ! 無事ですか!」とカイルは息を切らせて言った。
「ええ」と私は微笑んだ。「みなさんが守ってくれました」
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カイルは私を見て——それから私を囲む人々を見渡した。
その目に、驚きと深い感慨が浮かんだ。
「……あなたは」とカイルは静かに言った。「家柄などなくても、こんなにも多くの人に愛されている。——これ以上の後ろ盾が、どこにありますか」
その言葉が温かかった。
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この日の出来事は——やがて王都じゅうに広がっていった。
「民が貴族の役人を追い返し、一人の薬師を守った」と。
その噂は、ついに——王城の奥にまで届くことになる。
秋の空に、下町の笑い声がいつまでも響いていた。
(第135話へ続く)




