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また会う日まで

 ルカがすっかり元気になって。


 そして——別れの日が来た。


 ミラとルカが村へ帰る日。


 空は晴れていた。旅立ちにはいい天気だった。でも、私の胸は少しだけ曇っていた。



 私は旅の支度を手伝った。


 道中で使える熱冷ましの薬。傷薬。それに、保存の利く食料をいくつか。


「こんなにいただいて……」とミラが恐縮した。


「遠慮しないでください」と私は言った。「また何かあっても、すぐには来られないでしょう。——備えは大切です」



 ナーシャが布包みをルカに手渡した。


「これ、道中のおやつ」とナーシャが言った。「おばあちゃんたちが作ってくれたの」


「ありがとう、ナーシャせんせい!」とルカがにっこり笑った。


「せんせいじゃ、ないってば」とナーシャが照れて笑った。



 支度が整った。


 でも——ルカは、なかなか動こうとしなかった。


 縁側のフェンのそばを離れない。


 もふもふの白い毛にぎゅっとしがみついていた。



「ルカ、そろそろ……」とミラが言った。


「……やだ」と、ルカが小さく言った。「フェンと、おわかれ、やだ」


 その目に、みるみる涙が溜まっていく。


 ルカはフェンの首に顔を埋めた。



「……おい」とフェンが困ったように言った。「泣くな、ガキ」


「だって……だって、もう、もふもふ、できなくなる……」


「……」


 フェンは、しばらく黙っていた。


 そして——ルカの頭を、そっと自分の鼻先でつついた。



「いいか、ルカ」とフェンは静かに言った。「お別れは永遠じゃない」


「えいえん?」


「ずっと、じゃないってことだ」とフェンは言った。「また会える。——お前が元気でいれば、いつでも会いに来られる」



「ほんと?」とルカが顔を上げた。


「ああ」とフェンは言った。「だから——達者で暮らせ。飯をよく食って。よく寝て。風邪を引くな」


「うん!」とルカが涙を拭った。「フェンも、げんき、でいてね!」



 その言葉に——フェンが一瞬、言葉を詰まらせた。


「フェンも、ずっと、ずっと、げんきで。また、もふもふ、させてね!」


「……ああ」とフェンは、ゆっくりと言った。「約束する」


 その約束がフェンに、どれほど重いものか。ルカは知らない。



 ルカは最後に、何かを思い出したように駆け出した。


 そして——薬草園から小さな花を摘んで戻ってきた。


 白い小さな花を、たどたどしく編んで作った輪っか。


「フェンに、あげる!」



 ルカは、そのいびつな花の冠を、フェンの頭にそっと乗せた。


「フェンの、おうかん! せいじゅうさまの、おうかん!」


 フェンは、頭に花の冠を乗せたまま、じっとしていた。


 その姿は——少しおかしくて。でも、なぜか胸が熱くなった。



「……似合わん」とフェンはぼそりと言った。


「にあう! すっごく、にあう!」とルカが笑った。


「そうか」とフェンは言った。「——なら、もらっておく」


 その声はぶっきらぼうで。でも、嬉しさを隠しきれていなかった。



 いよいよ出発の時。


 ミラが深く頭を下げた。


「本当にありがとうございました」とミラは言った。「この、ご恩は一生忘れません」


「お元気で」と私は言った。「ルカくんと笑って暮らしてくださいね」



「あの」とミラがためらいがちに言った。「村に帰ったら……あなたのことをみんなに話します。困っている人がいたら、ここを頼るように、と」


「ええ」と私は微笑んだ。「そうしてください。——困っている人は、いつでも歓迎します」



 ミラがルカの手を引きながら、ふと言った。


「私……ずっと思っていたんです」と、彼女は言った。「夫を亡くして。女手一つで、この子を。——もう、だめかもしれない、と」


「……」


「でも」とミラはルカを見て言った。「この子が生きて笑ってくれる。それだけで——私はまだ頑張れる。そう思えました」



 その言葉に、私は深く頷いた。


「その気持ちがある限り」と私は言った。「あなたは大丈夫です」


「……はい」


「辛い時は」と私は言った。「無理に強がらなくていいんです。誰かを頼ってもいい。——あなたがルカくんを守ったように。今度は誰かが、あなたを支えてくれます」



 ミラの目に、また涙が滲んだ。


「あなたに出会えて……本当によかった」とミラは言った。


「私も、です」と私は言った。「あなたとルカくんに会えて。——私の薬が、誰かの笑顔になれること。それが私の何よりの喜びです」



 母子は歩き出した。


 何度も何度も振り返りながら。


「フェーン! また、くるねー!」とルカが大きく手を振った。


 フェンは花の冠を乗せたまま、その背中を見送っていた。



 やがて、二人の姿は道の向こうに消えていった。


 研究所に、いつもの静けさが戻ってくる。


 でも、その静けさは——少し寂しかった。


「……行っちゃいましたね」とナーシャがぽつりと言った。


 その目が少し潤んでいた。ナーシャも、すっかりルカに情が移っていたのだ。



「ナーシャ」と私は言った。「寂しいですか」


「……ちょっとだけ」とナーシャは鼻をすすった。「でも、私、嬉しいんです。あの子が元気になって帰れたこと」


「そうですね」と私は、ナーシャの頭を撫でた。「あなたも、よく頑張りました」



「ええ」と私は言った。「でも、きっとまた会えます」


 その夜。


 フェンは、ルカがくれた花の冠を、窓辺の貝殻の隣に、そっと置いた。


 海の貝殻と。子供の花の冠。


 二つの小さな宝物が、月の光に照らされていた。



「フェン」と私は言った。「いい宝物が増えましたね」


「ああ」とフェンは静かに言った。「——生きていると、こういうものが増えていく。困ったものだ」


「困った?」


「ああ」とフェンはふっと笑った。「未練が増える。——もっと長く生きたくなる」



 その言葉に、私は胸が締めつけられた。


 でも、それは——きっと悪いことではない。


 生きたいと思えること。未練が増えること。


 それは、フェンがこの世界を、私たちを愛している、何よりの証なのだから。


 窓辺の二つの宝物が、静かに輝いていた。


(第128話へ続く)

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