もふもふの背中
あの夜から、三日が過ぎた。
ルカ——ミラの息子は、驚くほど元気を取り戻していた。
子供の回復力というのは、本当にすごい。あれほど熱で苦しんでいたのが嘘のようだった。
◆
その日、ルカは初めて寝台から起き出して庭に出た。
まだ少し足取りはおぼつかない。
でも、その目は好奇心できらきらと輝いていた。
そして——縁側のフェンを見つけた。
◆
ルカの目がまんまるになった。
「……おっきい、わんわん!」
ルカが、よちよちとフェンに近づいていく。
「わんわんではない」とフェンが不機嫌そうに言った。「俺は聖獣だ」
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「せいじゅう?」とルカが首をかしげた。
「ああ」とフェンは言った。「尊い存在だ。——犬と一緒にするな」
「もふもふの、わんわん!」
「……聞いていないな、この子は」とフェンがため息をついた。
◆
私とナーシャは、思わず笑ってしまった。
あの誇り高い聖獣フェンが。小さな子供に「わんわん」呼ばわりされている。
「フェン、わんわんですって」とナーシャがからかうように言った。
「うるさい」とフェンは、ぷいと顔を背けた。
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ルカは、おそるおそる手を伸ばした。
白い毛並みに小さな手が触れる。
「……ふわふわ」とルカがつぶやいた。「あったかい……」
その瞬間、ルカの顔がぱあっと輝いた。
◆
「もふもふ! もふもふ!」
ルカがフェンの首に抱きついた。温かい毛に顔をぐりぐりと押し当てる。
「お、おい」とフェンが戸惑った声を出した。「く、くすぐったい……」
でも——フェンは、その小さな身体を振り払わなかった。
◆
「ルカ! 失礼でしょう!」とミラが慌てて言った。「聖獣様に、そんな……」
「いいんです」と私はミラを制した。「フェンは嫌がっていませんから」
「で、でも……」
「ほら」と私はフェンを見た。「あの顔。——満更でもない顔です」
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フェンはルカにもふもふされながら。
口では文句を言いつつ。
でも、その尻尾は——ゆっくりと左右に揺れていた。
嫌がっている時のフェンの尻尾ではなかった。
◆
「……仕方のない、ガキだ」とフェンはぼそりと言った。
そう言いながら、フェンはルカが登りやすいように、そっと身体を低くした。
ルカが嬉しそうにフェンの背中によじ登る。
「わーい! たかい!」
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もふもふの白い背中の上で。
ルカはきゃっきゃと笑っていた。
その姿は——三日前、死の淵にいた子とは思えなかった。
命がこんなにも輝いている。私は胸がいっぱいになった。
◆
ミラがその光景を見ながら——静かに涙をこぼした。
「……すみません」とミラは目元を拭った。「この子の、こんな笑顔。——もう二度と見られないかと思っていたので」
「見られてよかったですね」と私は言った。
「はい」とミラは頷いた。「本当に……本当に」
◆
その日は、研究所中が賑やかだった。
ナーシャがルカに薬草園を案内して回った。
「これはね、熱を下げる草。これは、お腹に効く草」とナーシャが得意げに教える。
「ナーシャ、せんせい?」とルカが聞いた。
「ふふ、まだ見習いだけど」とナーシャが照れたように笑った。「でも、いつか立派な薬師になるの」
◆
患者のおばあさんたちも、ルカを可愛がった。
蜂蜜を塗った焼き菓子を持ってきては、ルカの頬を緩ませる。
「ほら、お食べ」と、おばあさんが言った。「たくさん食べて、大きくおなり」
「ありがとう、ばあば!」とルカが元気に言った。
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昼前に、カイルも顔を出した。
ルカは立派な身なりのカイルを見て目を丸くした。
「だれ?」とルカが私に小声で聞いた。
「私の大切な人ですよ」と私は言った。
◆
カイルは少しぎこちなく、ルカの前にしゃがんだ。
「……元気になったか」とカイルが言った。
「うん!」とルカが頷いた。「おにいちゃん、こわい、かお!」
「……」
カイルが言葉に詰まった。私とナーシャは思わず吹き出してしまった。
◆
「こわくない」とカイルは真面目な顔で言った。「俺は……笑うのが下手なだけだ」
「わらって、みて?」とルカが言った。
カイルがぎこちなく口角を上げた。
「……ぷっ」とルカが笑った。「へんな、かお!」
みんなが笑った。カイルだけが少し赤くなっていた。
◆
昼下がり。
ルカは、さんざんフェンと遊んで——やがて、そのもふもふのお腹にもたれて眠ってしまった。
規則正しい寝息が聞こえる。
フェンはルカを起こさないように、じっとしていた。
◆
「フェン、重くないですか」と私は小声で聞いた。
「……これくらい、どうということはない」とフェンは小さな声で答えた。
その目は、眠るルカを優しく見下ろしていた。
ぶっきらぼうな聖獣の、隠しきれない優しさ。
◆
「フェンは」と私は言った。「本当は子供が好きなんですね」
「……別に」とフェンは言った。「ただ、こいつが勝手に懐いてきただけだ」
でも、その声はどこか柔らかかった。
ナーシャの時もそうだった。フェンはいつも、こうして小さなものを守ってきたのだ。
◆
「なあ、エリーゼ」とフェンが、ふと言った。「子供というのは——いいものだな」
「ええ」と私は言った。
「何も知らずに笑う」とフェンは、眠るルカを見ながら言った。「明日のことも昨日のことも考えずに。——ただ今を生きている。羨ましいくらいに」
「フェンも、そう生きればいいんです」と私は言った。
「……そうだな」とフェンは小さく笑った。「お前たちのおかげで。俺も少しは、そう生きられている」
◆
穏やかな午後だった。
眠る子供。もふもふの聖獣。涙を拭った母親。
研究所の庭に、柔らかな日差しが降り注いでいた。
長い夜を越えた、その先に——こんなにも温かい昼があった。
◆
ルカは、きっともうすぐ村へ帰っていく。
その日が来れば、少し寂しくなるだろう。
でも、今は——このもふもふのぬくもりに包まれた穏やかな時間を。
みんなで大切に味わっていたかった。
フェンの背中で、ルカが小さく寝返りを打った。
(第127話へ続く)




