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もふもふの背中

 あの夜から、三日が過ぎた。


 ルカ——ミラの息子は、驚くほど元気を取り戻していた。


 子供の回復力というのは、本当にすごい。あれほど熱で苦しんでいたのが嘘のようだった。



 その日、ルカは初めて寝台から起き出して庭に出た。


 まだ少し足取りはおぼつかない。


 でも、その目は好奇心できらきらと輝いていた。


 そして——縁側のフェンを見つけた。



 ルカの目がまんまるになった。


「……おっきい、わんわん!」


 ルカが、よちよちとフェンに近づいていく。


「わんわんではない」とフェンが不機嫌そうに言った。「俺は聖獣だ」



「せいじゅう?」とルカが首をかしげた。


「ああ」とフェンは言った。「尊い存在だ。——犬と一緒にするな」


「もふもふの、わんわん!」


「……聞いていないな、この子は」とフェンがため息をついた。



 私とナーシャは、思わず笑ってしまった。


 あの誇り高い聖獣フェンが。小さな子供に「わんわん」呼ばわりされている。


「フェン、わんわんですって」とナーシャがからかうように言った。


「うるさい」とフェンは、ぷいと顔を背けた。



 ルカは、おそるおそる手を伸ばした。


 白い毛並みに小さな手が触れる。


「……ふわふわ」とルカがつぶやいた。「あったかい……」


 その瞬間、ルカの顔がぱあっと輝いた。



「もふもふ! もふもふ!」


 ルカがフェンの首に抱きついた。温かい毛に顔をぐりぐりと押し当てる。


「お、おい」とフェンが戸惑った声を出した。「く、くすぐったい……」


 でも——フェンは、その小さな身体を振り払わなかった。



「ルカ! 失礼でしょう!」とミラが慌てて言った。「聖獣様に、そんな……」


「いいんです」と私はミラを制した。「フェンは嫌がっていませんから」


「で、でも……」


「ほら」と私はフェンを見た。「あの顔。——満更でもない顔です」



 フェンはルカにもふもふされながら。


 口では文句を言いつつ。


 でも、その尻尾は——ゆっくりと左右に揺れていた。


 嫌がっている時のフェンの尻尾ではなかった。



「……仕方のない、ガキだ」とフェンはぼそりと言った。


 そう言いながら、フェンはルカが登りやすいように、そっと身体を低くした。


 ルカが嬉しそうにフェンの背中によじ登る。


「わーい! たかい!」



 もふもふの白い背中の上で。


 ルカはきゃっきゃと笑っていた。


 その姿は——三日前、死の淵にいた子とは思えなかった。


 命がこんなにも輝いている。私は胸がいっぱいになった。



 ミラがその光景を見ながら——静かに涙をこぼした。


「……すみません」とミラは目元を拭った。「この子の、こんな笑顔。——もう二度と見られないかと思っていたので」


「見られてよかったですね」と私は言った。


「はい」とミラは頷いた。「本当に……本当に」



 その日は、研究所中が賑やかだった。


 ナーシャがルカに薬草園を案内して回った。


「これはね、熱を下げる草。これは、お腹に効く草」とナーシャが得意げに教える。


「ナーシャ、せんせい?」とルカが聞いた。


「ふふ、まだ見習いだけど」とナーシャが照れたように笑った。「でも、いつか立派な薬師になるの」



 患者のおばあさんたちも、ルカを可愛がった。


 蜂蜜を塗った焼き菓子を持ってきては、ルカの頬を緩ませる。


「ほら、お食べ」と、おばあさんが言った。「たくさん食べて、大きくおなり」


「ありがとう、ばあば!」とルカが元気に言った。



 昼前に、カイルも顔を出した。


 ルカは立派な身なりのカイルを見て目を丸くした。


「だれ?」とルカが私に小声で聞いた。


「私の大切な人ですよ」と私は言った。



 カイルは少しぎこちなく、ルカの前にしゃがんだ。


「……元気になったか」とカイルが言った。


「うん!」とルカが頷いた。「おにいちゃん、こわい、かお!」


「……」


 カイルが言葉に詰まった。私とナーシャは思わず吹き出してしまった。



「こわくない」とカイルは真面目な顔で言った。「俺は……笑うのが下手なだけだ」


「わらって、みて?」とルカが言った。


 カイルがぎこちなく口角を上げた。


「……ぷっ」とルカが笑った。「へんな、かお!」


 みんなが笑った。カイルだけが少し赤くなっていた。



 昼下がり。


 ルカは、さんざんフェンと遊んで——やがて、そのもふもふのお腹にもたれて眠ってしまった。


 規則正しい寝息が聞こえる。


 フェンはルカを起こさないように、じっとしていた。



「フェン、重くないですか」と私は小声で聞いた。


「……これくらい、どうということはない」とフェンは小さな声で答えた。


 その目は、眠るルカを優しく見下ろしていた。


 ぶっきらぼうな聖獣の、隠しきれない優しさ。



「フェンは」と私は言った。「本当は子供が好きなんですね」


「……別に」とフェンは言った。「ただ、こいつが勝手に懐いてきただけだ」


 でも、その声はどこか柔らかかった。


 ナーシャの時もそうだった。フェンはいつも、こうして小さなものを守ってきたのだ。



「なあ、エリーゼ」とフェンが、ふと言った。「子供というのは——いいものだな」


「ええ」と私は言った。


「何も知らずに笑う」とフェンは、眠るルカを見ながら言った。「明日のことも昨日のことも考えずに。——ただ今を生きている。羨ましいくらいに」


「フェンも、そう生きればいいんです」と私は言った。


「……そうだな」とフェンは小さく笑った。「お前たちのおかげで。俺も少しは、そう生きられている」



 穏やかな午後だった。


 眠る子供。もふもふの聖獣。涙を拭った母親。


 研究所の庭に、柔らかな日差しが降り注いでいた。


 長い夜を越えた、その先に——こんなにも温かい昼があった。



 ルカは、きっともうすぐ村へ帰っていく。


 その日が来れば、少し寂しくなるだろう。


 でも、今は——このもふもふのぬくもりに包まれた穏やかな時間を。


 みんなで大切に味わっていたかった。


 フェンの背中で、ルカが小さく寝返りを打った。


(第127話へ続く)

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