帰り道
海の朝は波の音から始まった。
目を覚ますと、宿の窓の外が白み始めていた。
私はそっと起き出した。隣ではナーシャがまだ眠っていた。
昨夜は結局、近くの宿に泊まったのだった。
◆
階下に降りると、フェンがもう起きていた。
縁台に伏せて、夜明けの海を見ていた。
「フェン、早いですね」と私は言った。
「年寄りは朝が早い」とフェンは言った。「——それに、海を見逃すのが惜しくてな」
◆
私はフェンの隣に腰を下ろした。
水平線がゆっくりと明るくなっていく。
昨日の夕日とは違う。今度は海の向こうから光が昇ってくる。
朝日が波の上に一本の金色の道を作った。
◆
「……きれいです」と私は言った。
「ああ」とフェンは言った。「沈むのも昇るのも。——海はどちらも見せてくれる」
しばらく二人で黙って朝日を見ていた。
波の音だけが繰り返し聞こえていた。
◆
「エリーゼ」とフェンがふと言った。
「はい」
「お前は変わったな」とフェンは言った。「初めて会った頃。——あの頃のお前は、こんなに穏やかな顔はしていなかった」
◆
私は少し考えた。
「……そうかもしれません」と私は言った。「あの頃の私は、ただ生きるだけで精一杯でした」
「今は?」
「今は」と私は言った。「——生きていてよかったと思えます。毎朝、目を覚ますのが楽しみで」
◆
「それでいい」とフェンは言った。「俺がお前を拾ったのは。——お前に、そう思ってほしかったからだ」
「フェンが私を変えてくれました」
「俺じゃない」とフェンは言った。「お前が変わったんだ。——俺はただ隣にいただけだ」
◆
やがてナーシャとカイルも起きてきた。
みんなで宿の朝食を食べた。
焼きたてのパンと海の幸。素朴だが温かい食事だった。
ナーシャはまだ眠そうに目をこすっていた。
◆
「ナーシャ、よく眠れましたか」と私は聞いた。
「はい! ……あ、でも」とナーシャがはっとした。「私、昨日途中で寝ちゃって……海、もっと見たかったのに……」
「また来ればいい」とフェンが言った。「——次の夏も。その次の夏も」
ナーシャの顔がぱっと輝いた。
◆
朝食の後、私たちは最後にもう一度浜辺に出た。
ナーシャが砂浜で何かを拾っていた。
「先生! 見てください! きれいな貝殻!」
小さな手の中に、桜色の貝殻がいくつかあった。
◆
「お土産にするんです」とナーシャが言った。「研究所のみんなに。患者のおばあさんたちにも」
「喜びますよ」と私は言った。
「フェンにも!」とナーシャが、一番きれいな貝殻をフェンに差し出した。「これ、あげます」
◆
フェンがその貝殻をじっと見た。
「……俺に?」
「はい! 海の思い出です」とナーシャが言った。「フェンが、ずっと持っていられるように」
フェンはしばらく黙っていた。
そして——ぽつりと言った。「……大事にする」
◆
帰りの馬車に乗り込んだ。
窓の外で海が少しずつ遠ざかっていく。
ナーシャが名残惜しそうに海を見ていた。やがて揺れに誘われて、また眠ってしまった。
フェンもその隣で目を閉じていた。疲れたのだろう。
◆
私とカイルは静かに二人を見ていた。
「……いい旅でした」と私は小声で言った。
「ええ」とカイルは言った。「フェンリルが、あんなに穏やかな顔をするとは」
「貝殻、大事にすると言っていました」
「ああ」とカイルは微笑んだ。
◆
馬車が揺れる。
ふとカイルが言った。
「……フェンリルの言葉ですが」と、彼は少し言いにくそうに言った。「昨日の。——その、子供の話」
私の頬がまた熱くなった。
◆
「気が早いと言いましたが」とカイルは言った。「——本当は嬉しかった。あいつがそう言ってくれたことが」
「カイル……」
「俺は」とカイルは、海の方を見ながら言った。「あなたと家族になりたい。——子供のことも、いつか。あなたが望むなら」
◆
私はしばらく何も言えなかった。
失った七年。あの頃、私は家族のために尽くして、すり減っていった。
でも——今、目の前にいる人は違った。
私をすり減らすのではなく。私と一緒に、何かを築こうとしている。
◆
「……私も」と私はようやく言った。「カイルと家族になりたいです」
カイルが私を見た。
その目に優しい光があった。
彼の手がそっと私の手を握った。馬車の揺れの中で。
◆
眠るナーシャ。寄り添うフェン。隣にいるカイル。
窓の外を夏の景色が流れていく。
私は思った。
——これが私の新しい家族なのだ、と。
◆
海はもう見えなくなっていた。
でも潮の匂いは、まだ馬車の中に残っていた。
その匂いは、きっとしばらく消えないだろう。
この夏の思い出と一緒に。
◆
日が暮れる頃、馬車が研究所に着いた。
門の前に——患者のおばあさんたちが待っていた。
「お帰りなさい!」と一人が言った。「留守の間、畑の水やりはしておきましたよ」
「ありがとうございます」と私は頭を下げた。
◆
ナーシャが馬車から飛び降りた。
「おばあちゃんたち! お土産です!」
桜色の貝殻を一つずつ、おばあさんたちの手に乗せていった。
「まあ、きれいな」と、おばあさんたちが目を細めた。「海の貝殻かい。——ありがとうね」
◆
ささやかな貝殻。
でも、その小さな手のひらの上で、貝殻は宝物のように輝いて見えた。
ナーシャは得意げに海の話を語って聞かせていた。フェンが波に足を濡らしたこと。みんなで夕日を見たこと。
おばあさんたちが笑いながら、それを聞いていた。
◆
その夜。
フェンは、もらった貝殻を縁側の窓辺にそっと置いた。
月の光が貝殻を淡く照らしていた。
「フェン、気に入りましたか」と私は聞いた。
「ああ」とフェンは静かに言った。「——ここから海が見える気がする」
◆
窓辺の小さな貝殻。
その向こうに、フェンはきっと、あの青い海を見ているのだろう。
夏の旅は終わった。
でも、その思い出は——これから先も、ずっと私たちの胸の中に残り続ける。
いい夏だった。本当にいい夏だった。
(第124話へ続く)




