王城の茶会
ある日、アルヴィン殿下から招待が来た。
以前の春の宴とは違う招待だった。
——ささやかな茶会を開きます。気のおけない者だけで。エリーゼ妃と、カイルに、ぜひ。
文面が以前とは、まるで違っていた。
駆け引きの匂いのしない招待だった。
◆
「兄上が茶会を」とカイルが手紙を見て言った。
「行きますか?」と私は聞いた。
「行きましょう」とカイルは迷わず言った。「兄が自分から俺たちを招くなんて。昔は当たり前だったことが、今は嬉しい」
カイルの顔に柔らかい笑みがあった。
◆
茶会の日。
王城の小さな庭園で、それは開かれた。
大勢の貴族も儀礼もない。ただアルヴィン殿下と、私と、カイル。三人だけの茶会だった。
テーブルには、少し焦げた焼き菓子が並んでいた。
◆
「これは」と私は驚いて言った。
「わたしが焼きました」とアルヴィン殿下が少し照れたように言った。
「殿下が?」
「ええ。アンナの菓子を思い出しながら。料理人に教わって。でも、やはり焦げてしまいました」
◆
カイルがその菓子を見て、目を見開いた。
「兄上が菓子を焼いたんですか」
「ああ。下手だが」とアルヴィン殿下は言った。「食べてくれるか」
カイルが一つ手に取って、食べた。
そして、その目が潤んだ。
◆
「……アンナの味だ」とカイルが言った。
「そうか」とアルヴィン殿下は嬉しそうに言った。「お前にもわかるか」
「わかります」とカイルは言った。「この焦げた味。懐かしい」
兄弟が焦げた菓子を分け合って食べた。
その光景は、どこか子供の頃に戻ったようだった。
◆
私も一ついただいた。
確かに焦げていた。でも、温かかった。
アルヴィン殿下が不器用に、でも心を込めて焼いた菓子。
その味には、確かに心が宿っていた。
「……美味しいです」と私は言った。
◆
「世辞はいりません」とアルヴィン殿下が笑った。
「世辞ではありません」と私は言った。「焦げていても、美味しいものは美味しいです。心がこもっているので」
アルヴィン殿下が私を見て、ふっと笑った。
「あなたは本当に、アンナと似たことを言う」
◆
茶会は穏やかに進んだ。
他愛のない話をした。
子供の頃の思い出。庭で遊んだこと。アンナに叱られたこと。
アルヴィン殿下とカイルが交互に思い出を語った。
忘れていた兄が、少しずつ記憶を取り戻していった。
◆
「そういえば」とアルヴィン殿下が言った。「お前、昔、池に落ちたことがあったな」
「ありました」とカイルが笑った。「兄上が助けてくれた」
「ああ。二人ともびしょ濡れで。アンナにこっぴどく叱られた」
「『風邪を引いたら、どうするんです!』って」
兄弟が声を合わせて笑った。
◆
私はその光景を、温かい気持ちで見ていた。
失われたと思われた兄弟の絆。
それが今、少しずつ修復されていく。
完全に元通りにはならないかもしれない。でも、確かに二人は近づいていた。
◆
「エリーゼ妃」とアルヴィン殿下がふと言った。
「はい」
「あなたに一つ、聞きたいことがあります」
「なんでしょう」
「あなたは、なぜ人を救うのですか」と彼は言った。「見返りも求めずに。わたしのような、敵だった者まで」
◆
私はしばらく考えた。
「……昔、私は誰にも救われませんでした」と私は言った。「七年間苦しんで。誰も手を伸ばしてくれなかった」
「……」
「だから決めたのです」と私は言った。「私は手を伸ばす人になろう、と。私が欲しかったものを、他の人に与えられる人に」
◆
アルヴィン殿下が静かに私を見た。
「……あなたは自分の傷を、優しさに変えたのですね」
「変えた、というより」と私は言った。「そうするしかなかったのです。傷を恨みに変えれば、私は私を傷つけた人と同じになる。それは嫌でした」
◆
「だから、優しさに」
「ええ」と私は言った。「傷ついた人にしかわからない痛みがあります。その痛みを知っているからこそ、同じ痛みの人に手を伸ばせる。私の傷は、そのためにあったと思いたいのです」
◆
アルヴィン殿下が深く頷いた。
「……わたしも」と、彼は言った。「そうありたい。あなたのように。傷を優しさに変えられる人に」
「なれます」と私は言った。「あなたは、もうその一歩を踏み出しています」
◆
春の日が庭園を照らしていた。
焦げた菓子の香ばしい匂いが漂っていた。
三人のささやかな茶会。
でも、これは何より温かい茶会だった。
権力も駆け引きもない。ただ心を通わせる時間。
◆
帰り際、アルヴィン殿下が私たちを見送った。
「また来てください」と、彼は言った。「次はもっと上手に、菓子を焼いておきます」
「焦げていても、いいですよ」と私は言った。
「いえ」とアルヴィン殿下は笑った。「少しは上達したいのです。アンナに褒められるくらいには」
◆
その言葉に、私とカイルは笑った。
アルヴィン殿下も笑った。
三人の笑い声が、春の庭園に響いた。
その声は、どこかアンナさんにも届いているような気がした。
帰りの馬車で、カイルがぽつりと言った。
「……兄が笑った。本当に笑った。あなたのおかげです」
「みんなのおかげです」と私は答えた。
春の風が心地よく、頬を撫でていった。
(第121話へ続く)




