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王城の茶会

 ある日、アルヴィン殿下から招待が来た。


 以前の春の宴とは違う招待だった。


 ——ささやかな茶会を開きます。気のおけない者だけで。エリーゼ妃と、カイルに、ぜひ。


 文面が以前とは、まるで違っていた。


 駆け引きの匂いのしない招待だった。



「兄上が茶会を」とカイルが手紙を見て言った。


「行きますか?」と私は聞いた。


「行きましょう」とカイルは迷わず言った。「兄が自分から俺たちを招くなんて。昔は当たり前だったことが、今は嬉しい」


 カイルの顔に柔らかい笑みがあった。



 茶会の日。


 王城の小さな庭園で、それは開かれた。


 大勢の貴族も儀礼もない。ただアルヴィン殿下と、私と、カイル。三人だけの茶会だった。


 テーブルには、少し焦げた焼き菓子が並んでいた。



「これは」と私は驚いて言った。


「わたしが焼きました」とアルヴィン殿下が少し照れたように言った。


「殿下が?」


「ええ。アンナの菓子を思い出しながら。料理人に教わって。でも、やはり焦げてしまいました」



 カイルがその菓子を見て、目を見開いた。


「兄上が菓子を焼いたんですか」


「ああ。下手だが」とアルヴィン殿下は言った。「食べてくれるか」


 カイルが一つ手に取って、食べた。


 そして、その目が潤んだ。



「……アンナの味だ」とカイルが言った。


「そうか」とアルヴィン殿下は嬉しそうに言った。「お前にもわかるか」


「わかります」とカイルは言った。「この焦げた味。懐かしい」


 兄弟が焦げた菓子を分け合って食べた。


 その光景は、どこか子供の頃に戻ったようだった。



 私も一ついただいた。


 確かに焦げていた。でも、温かかった。


 アルヴィン殿下が不器用に、でも心を込めて焼いた菓子。


 その味には、確かに心が宿っていた。


「……美味しいです」と私は言った。



「世辞はいりません」とアルヴィン殿下が笑った。


「世辞ではありません」と私は言った。「焦げていても、美味しいものは美味しいです。心がこもっているので」


 アルヴィン殿下が私を見て、ふっと笑った。


「あなたは本当に、アンナと似たことを言う」



 茶会は穏やかに進んだ。


 他愛のない話をした。


 子供の頃の思い出。庭で遊んだこと。アンナに叱られたこと。


 アルヴィン殿下とカイルが交互に思い出を語った。


 忘れていた兄が、少しずつ記憶を取り戻していった。



「そういえば」とアルヴィン殿下が言った。「お前、昔、池に落ちたことがあったな」


「ありました」とカイルが笑った。「兄上が助けてくれた」


「ああ。二人ともびしょ濡れで。アンナにこっぴどく叱られた」


「『風邪を引いたら、どうするんです!』って」


 兄弟が声を合わせて笑った。



 私はその光景を、温かい気持ちで見ていた。


 失われたと思われた兄弟の絆。


 それが今、少しずつ修復されていく。


 完全に元通りにはならないかもしれない。でも、確かに二人は近づいていた。



「エリーゼ妃」とアルヴィン殿下がふと言った。


「はい」


「あなたに一つ、聞きたいことがあります」


「なんでしょう」


「あなたは、なぜ人を救うのですか」と彼は言った。「見返りも求めずに。わたしのような、敵だった者まで」



 私はしばらく考えた。


「……昔、私は誰にも救われませんでした」と私は言った。「七年間苦しんで。誰も手を伸ばしてくれなかった」


「……」


「だから決めたのです」と私は言った。「私は手を伸ばす人になろう、と。私が欲しかったものを、他の人に与えられる人に」



 アルヴィン殿下が静かに私を見た。


「……あなたは自分の傷を、優しさに変えたのですね」


「変えた、というより」と私は言った。「そうするしかなかったのです。傷を恨みに変えれば、私は私を傷つけた人と同じになる。それは嫌でした」



「だから、優しさに」


「ええ」と私は言った。「傷ついた人にしかわからない痛みがあります。その痛みを知っているからこそ、同じ痛みの人に手を伸ばせる。私の傷は、そのためにあったと思いたいのです」



 アルヴィン殿下が深く頷いた。


「……わたしも」と、彼は言った。「そうありたい。あなたのように。傷を優しさに変えられる人に」


「なれます」と私は言った。「あなたは、もうその一歩を踏み出しています」



 春の日が庭園を照らしていた。


 焦げた菓子の香ばしい匂いが漂っていた。


 三人のささやかな茶会。


 でも、これは何より温かい茶会だった。


 権力も駆け引きもない。ただ心を通わせる時間。



 帰り際、アルヴィン殿下が私たちを見送った。


「また来てください」と、彼は言った。「次はもっと上手に、菓子を焼いておきます」


「焦げていても、いいですよ」と私は言った。


「いえ」とアルヴィン殿下は笑った。「少しは上達したいのです。アンナに褒められるくらいには」



 その言葉に、私とカイルは笑った。


 アルヴィン殿下も笑った。


 三人の笑い声が、春の庭園に響いた。


 その声は、どこかアンナさんにも届いているような気がした。


 帰りの馬車で、カイルがぽつりと言った。


「……兄が笑った。本当に笑った。あなたのおかげです」


「みんなのおかげです」と私は答えた。


 春の風が心地よく、頬を撫でていった。


(第121話へ続く)

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