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薬草園の午後

 フェンの調子は、その後少しずつ持ち直した。


 春の陽気のおかげか、ナーシャとの約束のおかげか。


 また自分から庭に出るようになった。歩く速さはゆっくりだったが、それでも外の空気を吸いたがった。


 ある晴れた日、フェンが言った。


「……薬草園に出たい」



 私はフェンを薬草園に連れ出した。


 ラベンダーが満開だった。


 紫の花の海の中に、フェンの白い毛並みがよく映えた。


 フェンは花の間にゆっくりと伏せた。


 そして深く息を吸った。



「……いい香りだ」とフェンは言った。


「ラベンダーですね」


「ああ。アンナの墓に供えた花だ。あの第一王子の乳母の」


「覚えていたのですね」


「忘れるものか」とフェンは言った。「お前が心を一つ救った花だ。俺の記憶にも刻まれている」



 私はフェンの隣に座った。


 ナーシャも薬草の手入れをしながら近くにいた。


 穏やかな午後だった。


 患者の途切れた時間。風がラベンダーを揺らし、甘い香りが漂っていた。



「フェン」とナーシャが手を止めて言った。


「なんだ」


「フェンは聖獣ですよね。どうして先生の相棒になったんですか」


 私も、その話は断片的にしか聞いたことがなかった。


 フェンがしばらく黙ってから話し始めた。



「……二年前だ」とフェンは言った。「俺は山で罠にかかっていた」


「罠に?」


「ああ。聖獣ともあろうものが、間抜けな話だがな」とフェンは少し自嘲した。「年を取って油断していた。若い頃なら、かからなかった罠だ」



「そこにエリーゼが来た」とフェンは続けた。「山に薬草を採りに来ていた。罠にかかった俺を見つけて、何も言わずに罠を外し始めた」


「怖くなかったんですか?」とナーシャが私に聞いた。


「怖かったです」と私は正直に言った。「大きな聖獣でしたから。でも、放っておけませんでした」



「そこが、こいつのおかしなところだ」とフェンは言った。「普通、人間は聖獣を見れば逃げるか、利用しようとする。だが、こいつはただ傷を手当てして帰ろうとした。礼も求めずに」


 フェンが私を見た。


「俺は聞いた。『なぜ助けた』と。こいつは、なんと答えたと思う?」



 ナーシャが首を傾げた。


「なんて答えたんですか?」


「『目の前に、怪我をしたものがいたから』」とフェンは言った。「それだけだ。聖獣だからではない。何かを期待したからでもない。ただ目の前に怪我をしたものがいたから、助けた」



「それで、フェンは」とナーシャが言った。


「ついて行くことにした」とフェンは言った。「こんな人間は初めてだった。見返りも求めず、ただ目の前の命を救う。そういう人間のそばにいたいと思った」


 私は、その話を少し照れくさい気持ちで聞いていた。



「あのときは」と私は言った。「まさかフェンがしゃべるとは思いませんでした」


「驚いていたな」とフェンは言った。「腰を抜かしていた」


「抜かしていません」


「抜かしていた」


 ナーシャが笑った。


「先生が腰を抜かすところ、見たかったです」



「あれから二年」とフェンは言った。「いろいろあった。お前は研究所を立ち上げ、弟子を取り、王子と結ばれ、たくさんの人を救った」


「フェンがいてくれたからです」


「いや」とフェンは言った。「お前がもともと、そういう人間だっただけだ。俺はそれを隣で見ていただけ」



「でも」と私は言った。「フェンがいなかったら、私は最初の冬を越えられなかったかもしれません」


 離縁して、この町に来た最初の冬。


 心細くて、寒くて。あのとき、フェンが隣にいてくれた。温かい毛並みが私を支えてくれた。


「フェンがいたから、私は立ち直れたのです」



 フェンがしばらく黙っていた。


 それから、ぽつりと言った。


「……ならば、お互い様だ」


「お互い様?」


「お前は罠から俺を救った」とフェンは言った。「俺は心の罠から、お前を救った。貸し借りはない。対等な相棒だ」



 私はその言葉に、胸が温かくなった。


 対等な相棒。


 助けて、助けられて。支えて、支えられて。


 それが、私たちの二年間だった。



「ナーシャ」とフェンが言った。


「はい」


「お前もいずれ、誰かの相棒になる」とフェンは言った。「弟子であり、薬師であり、そして誰かの支えになる。そのとき思い出せ。対等であれ、と。施すのでも施されるのでもなく、対等に支え合え」


「……はい」とナーシャが神妙に頷いた。



 春の午後の薬草園。


 ラベンダーの香りに包まれて。


 私たちはしばらく何も言わずに、ただその時間を味わっていた。


 穏やかで。温かくて。かけがえのない時間だった。


 フェンの寝息が、ゆっくりと聞こえた。


 その寝息を、私はナーシャと一緒にいつまでも聞いていた。


(第120話へ続く)

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