薬草園の午後
フェンの調子は、その後少しずつ持ち直した。
春の陽気のおかげか、ナーシャとの約束のおかげか。
また自分から庭に出るようになった。歩く速さはゆっくりだったが、それでも外の空気を吸いたがった。
ある晴れた日、フェンが言った。
「……薬草園に出たい」
◆
私はフェンを薬草園に連れ出した。
ラベンダーが満開だった。
紫の花の海の中に、フェンの白い毛並みがよく映えた。
フェンは花の間にゆっくりと伏せた。
そして深く息を吸った。
◆
「……いい香りだ」とフェンは言った。
「ラベンダーですね」
「ああ。アンナの墓に供えた花だ。あの第一王子の乳母の」
「覚えていたのですね」
「忘れるものか」とフェンは言った。「お前が心を一つ救った花だ。俺の記憶にも刻まれている」
◆
私はフェンの隣に座った。
ナーシャも薬草の手入れをしながら近くにいた。
穏やかな午後だった。
患者の途切れた時間。風がラベンダーを揺らし、甘い香りが漂っていた。
◆
「フェン」とナーシャが手を止めて言った。
「なんだ」
「フェンは聖獣ですよね。どうして先生の相棒になったんですか」
私も、その話は断片的にしか聞いたことがなかった。
フェンがしばらく黙ってから話し始めた。
◆
「……二年前だ」とフェンは言った。「俺は山で罠にかかっていた」
「罠に?」
「ああ。聖獣ともあろうものが、間抜けな話だがな」とフェンは少し自嘲した。「年を取って油断していた。若い頃なら、かからなかった罠だ」
◆
「そこにエリーゼが来た」とフェンは続けた。「山に薬草を採りに来ていた。罠にかかった俺を見つけて、何も言わずに罠を外し始めた」
「怖くなかったんですか?」とナーシャが私に聞いた。
「怖かったです」と私は正直に言った。「大きな聖獣でしたから。でも、放っておけませんでした」
◆
「そこが、こいつのおかしなところだ」とフェンは言った。「普通、人間は聖獣を見れば逃げるか、利用しようとする。だが、こいつはただ傷を手当てして帰ろうとした。礼も求めずに」
フェンが私を見た。
「俺は聞いた。『なぜ助けた』と。こいつは、なんと答えたと思う?」
◆
ナーシャが首を傾げた。
「なんて答えたんですか?」
「『目の前に、怪我をしたものがいたから』」とフェンは言った。「それだけだ。聖獣だからではない。何かを期待したからでもない。ただ目の前に怪我をしたものがいたから、助けた」
◆
「それで、フェンは」とナーシャが言った。
「ついて行くことにした」とフェンは言った。「こんな人間は初めてだった。見返りも求めず、ただ目の前の命を救う。そういう人間のそばにいたいと思った」
私は、その話を少し照れくさい気持ちで聞いていた。
◆
「あのときは」と私は言った。「まさかフェンがしゃべるとは思いませんでした」
「驚いていたな」とフェンは言った。「腰を抜かしていた」
「抜かしていません」
「抜かしていた」
ナーシャが笑った。
「先生が腰を抜かすところ、見たかったです」
◆
「あれから二年」とフェンは言った。「いろいろあった。お前は研究所を立ち上げ、弟子を取り、王子と結ばれ、たくさんの人を救った」
「フェンがいてくれたからです」
「いや」とフェンは言った。「お前がもともと、そういう人間だっただけだ。俺はそれを隣で見ていただけ」
◆
「でも」と私は言った。「フェンがいなかったら、私は最初の冬を越えられなかったかもしれません」
離縁して、この町に来た最初の冬。
心細くて、寒くて。あのとき、フェンが隣にいてくれた。温かい毛並みが私を支えてくれた。
「フェンがいたから、私は立ち直れたのです」
◆
フェンがしばらく黙っていた。
それから、ぽつりと言った。
「……ならば、お互い様だ」
「お互い様?」
「お前は罠から俺を救った」とフェンは言った。「俺は心の罠から、お前を救った。貸し借りはない。対等な相棒だ」
◆
私はその言葉に、胸が温かくなった。
対等な相棒。
助けて、助けられて。支えて、支えられて。
それが、私たちの二年間だった。
◆
「ナーシャ」とフェンが言った。
「はい」
「お前もいずれ、誰かの相棒になる」とフェンは言った。「弟子であり、薬師であり、そして誰かの支えになる。そのとき思い出せ。対等であれ、と。施すのでも施されるのでもなく、対等に支え合え」
「……はい」とナーシャが神妙に頷いた。
◆
春の午後の薬草園。
ラベンダーの香りに包まれて。
私たちはしばらく何も言わずに、ただその時間を味わっていた。
穏やかで。温かくて。かけがえのない時間だった。
フェンの寝息が、ゆっくりと聞こえた。
その寝息を、私はナーシャと一緒にいつまでも聞いていた。
(第120話へ続く)




