フェンの調子
墓参りの翌日。
フェンがいつもより長く眠っていた。
朝の散歩にも来なかった。縁側の日だまりで、ただ静かに横になっていた。
「フェン」と私は声をかけた。
「……ん」と、フェンが薄く目を開けた。
「昨日、無理をしましたね」
◆
「……少しな」とフェンは言った。「だが、後悔はしていない。——いい墓参りだった」
その声は穏やかだったが、少し掠れていた。
私はフェンの隣に座った。
毛並みに手を置く。
温かさはまだあった。でも——以前より少し薄い気がした。
◆
「フェン」と私は言った。「やはり昨日は留守番にすべきでした」
「いや」とフェンは言った。「あれは行く価値のある日だった。——お前がまた一つ、心を救う場に立ち会えた。相棒として見届けたかった」
「でも、その代償が」
「代償ではない」とフェンは言った。「俺が選んだことだ。——後悔はさせるな」
◆
私は口をつぐんだ。
フェンの言う通りだった。フェンは自分で選んでいる。それを私が後悔のように扱うのは——フェンの選択を否定することだった。
「……わかりました」と私は言った。「ありがとう、フェン。見届けてくれて」
「うむ」
◆
その日、私は研究所を休んで、フェンのそばにいた。
薬を煎じて、滋養のあるものを食べさせた。
フェンはゆっくりとそれを口にした。
「……お前の薬は効くのか」とフェンが聞いた。
「老いには効きません」と私は正直に言った。「でも——少しでも楽になるように。痛みが和らぐように。それくらいはできます」
◆
「お前は正直だな」とフェンは少し笑った。
「薬師なので。——患者に嘘はつきません」
「いい薬師だ」とフェンは言った。「治せないものを治せると言わない。——だが、できることはする。それが本物の薬師だ」
◆
午後、ナーシャが研究所から様子を見に来た。
フェンの姿を見て、ナーシャの顔が曇った。
「先生……フェン、大丈夫ですか」
「少し疲れているだけです」と私は言った。
ナーシャがフェンの隣に座った。
そして、小さな声で言った。
◆
「フェン。私、まだ一人前じゃないですよ」
「……知っている」とフェンが言った。
「だから、まだ見ててください」とナーシャは言った。「私が一人前になるまで。——約束しましたよね」
フェンがゆっくりとナーシャを見た。
◆
「……欲張りな弟子だ」
「欲張りでいいんですよね?」とナーシャが言った。
「ああ」とフェンは言った。「欲張りでいい。——生きる理由になる」
ナーシャの目が潤んだ。でも、彼女は泣かなかった。
ぐっとこらえて、笑顔を作った。
「じゃあ、約束です。私が一人前になるまで、ちゃんと見ててくださいね」
◆
「善処する」とフェンが言った。
「善処、じゃなくて。約束です」
「……わかった」とフェンは少し笑った。「約束だ」
ナーシャが嬉しそうに頷いた。
その日、ナーシャはフェンのために、好物の干し肉を置いていった。
◆
夜、カイルが帰ってきた。
フェンの様子を聞いて、すぐに縁側に来た。
「フェンリル。——大丈夫ですか」
「お前まで心配性だな」とフェンが言った。「エリーゼと同じことを言う」
「夫婦ですから」とカイルが言った。
フェンがふっと笑った。
◆
「……王子」とフェンが言った。
「はい」
「一つ頼みがある」
「なんでしょう」
「俺がいなくなったあと」とフェンは静かに言った。「エリーゼを頼む。——こいつは強いが、寂しがりだ。一人にすると、また抱え込む」
◆
「フェン」と私は言いかけた。
でも、フェンは続けた。
「俺は二年間、こいつの隣にいた。だが、これからは——お前が、その役目だ。隣にいてやれ。こいつが抱え込まないように」
カイルが深く頷いた。
「……必ず」と、彼は言った。「俺の命に代えても」
◆
「命に代えるな」とフェンが言った。「お前が死んだら、こいつがまた悲しむ。——ただ生きて、隣にいろ。それでいい」
「……はい」
その会話を、私は黙って聞いていた。
胸が締めつけられた。
フェンは——少しずつ私を託そうとしている。カイルに。
◆
夜が更けて、カイルが休んだあと。
私はフェンの隣に座っていた。
「フェン」と私は言った。「まだ、そんな話しないでください」
「いつかはする話だ」とフェンは言った。「早いか遅いかの違いだけだ」
「……」
「エリーゼ」とフェンは言った。「俺はまだいなくならん。ナーシャと約束したからな。——だが、その日のために、少しずつ準備はしておく」
◆
「準備」
「お前が俺なしでも立てるように」とフェンは言った。「お前の周りに、お前を支える者を増やしておく。カイル、ナーシャ、アルヴィン——もう十分増えた。お前はもう一人ではない」
私はフェンの首に顔を寄せた。
「……フェンがいなくなったら、寂しいです」
「ああ。寂しいだろう」とフェンは言った。「だが、寂しさは——お前が俺を愛した証だ。悪いものではない」
◆
春の夜が静かに更けていった。
窓の外で虫が鳴いていた。
フェンの寝息が、ゆっくりと聞こえた。
その寝息が、いつまでも続くように。
私はただ祈るような気持ちで、温かい毛並みを撫で続けた。
まだ、しばらく。
まだ、もう少し。
フェンは、ここにいる。
(第119話へ続く)




