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フェンの調子

 墓参りの翌日。


 フェンがいつもより長く眠っていた。


 朝の散歩にも来なかった。縁側の日だまりで、ただ静かに横になっていた。


「フェン」と私は声をかけた。


「……ん」と、フェンが薄く目を開けた。


「昨日、無理をしましたね」



「……少しな」とフェンは言った。「だが、後悔はしていない。——いい墓参りだった」


 その声は穏やかだったが、少し掠れていた。


 私はフェンの隣に座った。


 毛並みに手を置く。


 温かさはまだあった。でも——以前より少し薄い気がした。



「フェン」と私は言った。「やはり昨日は留守番にすべきでした」


「いや」とフェンは言った。「あれは行く価値のある日だった。——お前がまた一つ、心を救う場に立ち会えた。相棒として見届けたかった」


「でも、その代償が」


「代償ではない」とフェンは言った。「俺が選んだことだ。——後悔はさせるな」



 私は口をつぐんだ。


 フェンの言う通りだった。フェンは自分で選んでいる。それを私が後悔のように扱うのは——フェンの選択を否定することだった。


「……わかりました」と私は言った。「ありがとう、フェン。見届けてくれて」


「うむ」



 その日、私は研究所を休んで、フェンのそばにいた。


 薬を煎じて、滋養のあるものを食べさせた。


 フェンはゆっくりとそれを口にした。


「……お前の薬は効くのか」とフェンが聞いた。


「老いには効きません」と私は正直に言った。「でも——少しでも楽になるように。痛みが和らぐように。それくらいはできます」



「お前は正直だな」とフェンは少し笑った。


「薬師なので。——患者に嘘はつきません」


「いい薬師だ」とフェンは言った。「治せないものを治せると言わない。——だが、できることはする。それが本物の薬師だ」



 午後、ナーシャが研究所から様子を見に来た。


 フェンの姿を見て、ナーシャの顔が曇った。


「先生……フェン、大丈夫ですか」


「少し疲れているだけです」と私は言った。


 ナーシャがフェンの隣に座った。


 そして、小さな声で言った。



「フェン。私、まだ一人前じゃないですよ」


「……知っている」とフェンが言った。


「だから、まだ見ててください」とナーシャは言った。「私が一人前になるまで。——約束しましたよね」


 フェンがゆっくりとナーシャを見た。



「……欲張りな弟子だ」


「欲張りでいいんですよね?」とナーシャが言った。


「ああ」とフェンは言った。「欲張りでいい。——生きる理由になる」


 ナーシャの目が潤んだ。でも、彼女は泣かなかった。


 ぐっとこらえて、笑顔を作った。


「じゃあ、約束です。私が一人前になるまで、ちゃんと見ててくださいね」



「善処する」とフェンが言った。


「善処、じゃなくて。約束です」


「……わかった」とフェンは少し笑った。「約束だ」


 ナーシャが嬉しそうに頷いた。


 その日、ナーシャはフェンのために、好物の干し肉を置いていった。



 夜、カイルが帰ってきた。


 フェンの様子を聞いて、すぐに縁側に来た。


「フェンリル。——大丈夫ですか」


「お前まで心配性だな」とフェンが言った。「エリーゼと同じことを言う」


「夫婦ですから」とカイルが言った。


 フェンがふっと笑った。



「……王子」とフェンが言った。


「はい」


「一つ頼みがある」


「なんでしょう」


「俺がいなくなったあと」とフェンは静かに言った。「エリーゼを頼む。——こいつは強いが、寂しがりだ。一人にすると、また抱え込む」



「フェン」と私は言いかけた。


 でも、フェンは続けた。


「俺は二年間、こいつの隣にいた。だが、これからは——お前が、その役目だ。隣にいてやれ。こいつが抱え込まないように」


 カイルが深く頷いた。


「……必ず」と、彼は言った。「俺の命に代えても」



「命に代えるな」とフェンが言った。「お前が死んだら、こいつがまた悲しむ。——ただ生きて、隣にいろ。それでいい」


「……はい」


 その会話を、私は黙って聞いていた。


 胸が締めつけられた。


 フェンは——少しずつ私を託そうとしている。カイルに。



 夜が更けて、カイルが休んだあと。


 私はフェンの隣に座っていた。


「フェン」と私は言った。「まだ、そんな話しないでください」


「いつかはする話だ」とフェンは言った。「早いか遅いかの違いだけだ」


「……」


「エリーゼ」とフェンは言った。「俺はまだいなくならん。ナーシャと約束したからな。——だが、その日のために、少しずつ準備はしておく」



「準備」


「お前が俺なしでも立てるように」とフェンは言った。「お前の周りに、お前を支える者を増やしておく。カイル、ナーシャ、アルヴィン——もう十分増えた。お前はもう一人ではない」


 私はフェンの首に顔を寄せた。


「……フェンがいなくなったら、寂しいです」


「ああ。寂しいだろう」とフェンは言った。「だが、寂しさは——お前が俺を愛した証だ。悪いものではない」



 春の夜が静かに更けていった。


 窓の外で虫が鳴いていた。


 フェンの寝息が、ゆっくりと聞こえた。


 その寝息が、いつまでも続くように。


 私はただ祈るような気持ちで、温かい毛並みを撫で続けた。


 まだ、しばらく。


 まだ、もう少し。


 フェンは、ここにいる。


(第119話へ続く)

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