第11話「愛人の正体」
知らせをもたらしたのは、カイル殿下だった。
翌朝、殿下は昨日と同じように軽装でヴァルハイン家を訪れた。ただ、今日の表情はいつもより少しだけ険しかった。
「昨夜、調査の報告が上がってきました」
応接間に通すと、殿下は単刀直入に言った。
「ミレーヌという女性について」
「……はい」
「子の父親は、ウィレム侯爵ではありませんでした」
静寂が落ちた。
私は少し間をおいて、「そうですか」と答えた。
父は目を剥いた。母は息を飲んだ。
フェンは特に表情を変えなかった。
「最初から、分かっていたのですか」フェンが静かに言った。
「察していた」
「……お前は黙っていたのか」
「お前が知る必要がなかった」
私はフェンとそのやり取りを聞きながら、ゆっくりと状況を整理した。
ミレーヌという女性は、ウィレム様の子を身ごもったと言った。それがきっかけで、離縁状が来た。
でも、その子はウィレム様の子ではなかった。
つまり——最初から、嘘だったということだ。
◆
「詳しく聞かせてもらえますか」
私が言うと、殿下は静かに続けた。
「ミレーヌ・ドレスという女性は、表向きは伯爵令嬢でしたが、実際にはすでに爵位を失った没落貴族の娘でした。侯爵夫人の座を狙い、計画的にウィレム侯爵に近づいたとみられています」
「……子の父親は」
「別の男性です。名前は伏せますが、ミレーヌと以前から関係があった人物で、婚姻の見込みがなかった」
「つまり、ウィレム様を利用して、子に貴族の籍を与えようとした」
「そういうことになります」
私はしばらく、黙っていた。
怒りが来るかと思ったが、来なかった。
悲しみが来るかと思ったが、それも違った。
ただ——ひどく、虚しかった。
七年間。あの離縁状の朝から今日まで、ずっと「何かが足りなかったのだろう」と、どこかで思っていた。
でも、そうではなかった。
最初から、嘘だったのだ。
「……エリーゼさん」
殿下が、少し心配そうな顔で私を見た。
「大丈夫ですか」
「はい」
「無理しなくていい」
「無理はしていません」
私は正直に答えた。
「ただ、少し、呆れています。自分でも驚くくらい、怒る気にもなれなくて」
◆
フェンが私の隣に来て、大きな頭をそっと私の肩に預けた。
重かった。でも、温かかった。
「お前は悪くない」
「……わかっています」
「七年間、お前は誠実だった。それは変わらない」
「変わりませんね」
「そうだ」
私はフェンの白銀の毛に指を埋めた。いつもより少しだけ、力を込めた。
フェンは何も言わなかった。ただ、動かずにいてくれた。
◆
「ウィレム様は、今どうされているのですか」
私がそう聞くと、殿下が少し言葉を選ぶように間を置いた。
「……昨夜、ミレーヌが侯爵邸を出ていったそうです。置き手紙一枚だけ残して」
「そうですか」
「ウィレム侯爵は今朝から、誰にも会おうとしていないと聞いています」
私は少し考えた。
ウィレム様も、被害者といえば被害者だった。騙されて、大事なものを失った。私との七年間も、家の信頼も。
でも——それを取り戻す機会は、ずっとあった。
「……可哀そうに」
父がぽつりと言った。それが憐れみなのか、皮肉なのか、私には判断がつかなかった。
「エリーゼ」
父が私を見た。
「お前は本当に、怒らないのか」
私はしばらく考えて、静かに答えた。
「もう関係のない方ですから」
父がため息をついた。
母が「そうね」と小さく言った。
フェンが「それでいい」と言った。
殿下は何も言わなかったが、その目が少しだけ、柔らかくなった気がした。
「——ところで」
殿下が話を変えるように口を開いた。
「王城から、召喚状が届く予定があります。国王陛下が、聖獣の伴侶に謁見を希望されているとのことで」
「……王城に、ですか」
「フェンリルも同行することになるかと思います。その際、少し相談があります」
殿下がちらりとフェンを見た。
フェンが耳を動かした。
「……俺に用か」
「聖獣として王城に入る場合、人型で来ていただけると、いろいろと助かるのですが」
フェンが盛大に嫌そうな顔をした。
私は初めて聞く言葉に、思わず聞き返した。
「人型……?」
(第12話へ続く)




