表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/26

第11話「愛人の正体」

知らせをもたらしたのは、カイル殿下だった。


翌朝、殿下は昨日と同じように軽装でヴァルハイン家を訪れた。ただ、今日の表情はいつもより少しだけ険しかった。


「昨夜、調査の報告が上がってきました」


応接間に通すと、殿下は単刀直入に言った。


「ミレーヌという女性について」


「……はい」


「子の父親は、ウィレム侯爵ではありませんでした」


静寂が落ちた。


私は少し間をおいて、「そうですか」と答えた。

父は目を剥いた。母は息を飲んだ。

フェンは特に表情を変えなかった。


「最初から、分かっていたのですか」フェンが静かに言った。


「察していた」


「……お前は黙っていたのか」


「お前が知る必要がなかった」


私はフェンとそのやり取りを聞きながら、ゆっくりと状況を整理した。


ミレーヌという女性は、ウィレム様の子を身ごもったと言った。それがきっかけで、離縁状が来た。

でも、その子はウィレム様の子ではなかった。


つまり——最初から、嘘だったということだ。



「詳しく聞かせてもらえますか」


私が言うと、殿下は静かに続けた。


「ミレーヌ・ドレスという女性は、表向きは伯爵令嬢でしたが、実際にはすでに爵位を失った没落貴族の娘でした。侯爵夫人の座を狙い、計画的にウィレム侯爵に近づいたとみられています」


「……子の父親は」


「別の男性です。名前は伏せますが、ミレーヌと以前から関係があった人物で、婚姻の見込みがなかった」


「つまり、ウィレム様を利用して、子に貴族の籍を与えようとした」


「そういうことになります」


私はしばらく、黙っていた。


怒りが来るかと思ったが、来なかった。

悲しみが来るかと思ったが、それも違った。


ただ——ひどく、虚しかった。


七年間。あの離縁状の朝から今日まで、ずっと「何かが足りなかったのだろう」と、どこかで思っていた。


でも、そうではなかった。


最初から、嘘だったのだ。


「……エリーゼさん」


殿下が、少し心配そうな顔で私を見た。


「大丈夫ですか」


「はい」


「無理しなくていい」


「無理はしていません」


私は正直に答えた。


「ただ、少し、呆れています。自分でも驚くくらい、怒る気にもなれなくて」



フェンが私の隣に来て、大きな頭をそっと私の肩に預けた。


重かった。でも、温かかった。


「お前は悪くない」


「……わかっています」


「七年間、お前は誠実だった。それは変わらない」


「変わりませんね」


「そうだ」


私はフェンの白銀の毛に指を埋めた。いつもより少しだけ、力を込めた。


フェンは何も言わなかった。ただ、動かずにいてくれた。



「ウィレム様は、今どうされているのですか」


私がそう聞くと、殿下が少し言葉を選ぶように間を置いた。


「……昨夜、ミレーヌが侯爵邸を出ていったそうです。置き手紙一枚だけ残して」


「そうですか」


「ウィレム侯爵は今朝から、誰にも会おうとしていないと聞いています」


私は少し考えた。


ウィレム様も、被害者といえば被害者だった。騙されて、大事なものを失った。私との七年間も、家の信頼も。


でも——それを取り戻す機会は、ずっとあった。


「……可哀そうに」


父がぽつりと言った。それが憐れみなのか、皮肉なのか、私には判断がつかなかった。


「エリーゼ」


父が私を見た。


「お前は本当に、怒らないのか」


私はしばらく考えて、静かに答えた。


「もう関係のない方ですから」


父がため息をついた。

母が「そうね」と小さく言った。


フェンが「それでいい」と言った。


殿下は何も言わなかったが、その目が少しだけ、柔らかくなった気がした。


「——ところで」


殿下が話を変えるように口を開いた。


「王城から、召喚状が届く予定があります。国王陛下が、聖獣の伴侶に謁見を希望されているとのことで」


「……王城に、ですか」


「フェンリルも同行することになるかと思います。その際、少し相談があります」


殿下がちらりとフェンを見た。


フェンが耳を動かした。


「……俺に用か」


「聖獣として王城に入る場合、人型で来ていただけると、いろいろと助かるのですが」


フェンが盛大に嫌そうな顔をした。


私は初めて聞く言葉に、思わず聞き返した。


「人型……?」


(第12話へ続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ