兄の話
その夜、カイルが帰ってきてから、私は庭師のおじいさんの話を伝えた。
昔のアルヴィン殿下のこと。カイルの手を引いて花の名前を教えていたこと。転んだカイルをおんぶして運んだこと。
カイルはしばらく黙って聞いていた。
そして——ぽつりと言った。
「……覚えています。その、膝を擦りむいた日のこと」
◆
「覚えているのですか」
「ええ」とカイルは言った。「四つか五つの頃でした。兄の背中で泣いていたのを覚えています。兄が——『大丈夫、僕がいる』と言ってくれた」
カイルの目が遠くを見た。
「あの背中は温かかった。——あれが俺の知る、本当の兄です」
◆
「乳母の方のことは、ご存知でしたか」と私は聞いた。
カイルが頷いた。
「アンナ、という人でした」と彼は言った。「兄の乳母です。——優しい人でした。兄だけでなく、俺のことも可愛がってくれた」
「カイルも慕っていたのですね」
「ええ。でも——兄にとっては特別でした。母上が公務で忙しい方だったので。兄はアンナを本当の母のように思っていた」
◆
「その方が、亡くなって」
「……はい」とカイルは言った。「流行り病でした。あっという間で——誰も何もできなかった。兄はその時十二歳で。俺は八歳でした」
カイルが少し目を伏せた。
「兄は葬儀で一滴も泣きませんでした」
◆
「泣かなかった?」
「ええ」とカイルは言った。「八歳の俺はわんわん泣いていました。でも兄は——じっと立っていました。表情も変えずに」
私ははっとした。
泣かなかった、アルヴィン殿下。
それは——七年前の私と同じだった。
あまりに深い悲しみは、涙すら凍らせる。
◆
「その後、兄は変わりました」とカイルは続けた。「勉強に打ち込むようになって。剣も政も、何もかも完璧にこなすように。——でも笑わなくなった。いや、笑うんです。でも、その笑いが——」
「作り物の笑いに」
「ええ」とカイルは驚いたように私を見た。「……どうして、それを」
◆
「庭師の方も同じことを言っていました」と私は言った。「前とは違う笑い方になった、と」
カイルがしばらく黙った。
それから、絞り出すように言った。
「……俺はずっと思っていました。兄はアンナの死で心を閉ざしたのだ、と。でも——どうすればいいかわからなかった。俺はまだ子供で。兄に何も言えなかった」
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「カイル」と私は言った。
「はい」
「あなたは悪くありません」
「でも——」
「八歳の子供に何ができたでしょう」と私は言った。「お兄様の心を救えなかったのは、あなたのせいではありません。それは——大人たちの責任です」
カイルが目を伏せた。
◆
「俺は」とカイルは小さく言った。「兄を見捨てたような気がしていました。兄が変わっていくのを、ただ見ていることしかできなくて」
「見ていた、ということは」と私は言った。「見捨てていない、ということです」
「え?」
「本当に見捨てた人は、相手のことを見ません」と私は言った。「あなたはずっと、お兄様を見ていた。変わっていく姿を悲しみながら。——それは見捨てていない証拠です」
◆
カイルが私を見た。
その目に、わずかに光るものがあった。
「……あなたは」と、彼は言った。「いつも俺が欲しい言葉をくれる」
「本当のことを言っただけです」
「その本当のことが——一番欲しいものなのです」とカイルは言った。
◆
フェンが窓辺でゆっくりと頭を上げた。
「……アンナ、という乳母」とフェンは言った。「その者の墓は、どこにある」
私とカイルは顔を見合わせた。
「墓、ですか」
「ああ」とフェンは言った。「心をしまい込んだ場所には、たいてい鍵がある。——その乳母の墓は、アルヴィンにとって鍵の一つかもしれん」
◆
「兄がアンナの墓に行くことは」とカイルが考えた。「……いや。少なくとも公式には、ありません。あの人はもう、アンナの話すらしなくなったので」
「公式には、な」とフェンは言った。「だが——一人のときは、どうだ」
カイルがはっとした。
◆
「もしかすると」とカイルはゆっくりと言った。「兄は一人で、墓参りを——」
「確かめる価値はある」とフェンは言った。「もし、あの男が今でも一人でその墓に通っているなら。——あの男の心は、まだ死んでいない」
春の夜の静けさの中で。
その言葉が、確かな希望のように響いた。
◆
「カイル」と私は言った。「アンナさんのお墓、わかりますか」
「……調べればわかると思います」とカイルは言った。「王城の関係者が眠る墓地に、あるはずです」
「では」と私は言った。「行ってみましょう。——アルヴィン殿下の鍵を探しに」
◆
カイルが頷いた。
その顔には、長い間抱えてきた諦めとは違うものが——小さな、けれど確かな希望が灯っていた。
「……兄を取り戻せるかもしれない」
「まだわかりません」と私は言った。「でも——手を伸ばしてみましょう」
春の夜空に星が瞬いていた。
しまい込まれた心への扉。
その鍵の在り処を、私たちは探し始めた。
(第110話へ続く)




