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王太子の噂

 アルヴィン殿下を知るには、まずアルヴィン殿下を知る人からと思った。


 でも——王城で、アルヴィン殿下の本当の姿を知る人はほとんどいなかった。


 みな、口を揃えて言う。


「素晴らしい方です」「優しく聡明で、非の打ちどころがない」「次の王にふさわしいお方」


 完璧すぎる評判だった。


 その完璧さが、かえって何も語っていなかった。



 数日、王城の人々にそれとなく尋ねてみたが、収穫はなかった。


 誰もが表向きの美しいアルヴィン殿下しか知らなかった。


 行き詰まって、私は研究所でフェンに相談した。


「フェン。手がかりがありません」


「人に聞いても出てこんだろうな」とフェンは言った。「あの男は完璧な仮面を被っている。仮面の話を聞いても、仮面のことしかわからん」



「では、どうすれば」


「仮面の外を見るのだ」とフェンは言った。「人は誰しも油断する瞬間がある。完璧な仮面も、ふとした拍子にずれる。——そのずれた瞬間を見るしかない」


「ずれた瞬間」


「そういうものは、たいてい本人が一人でいるときに出る」とフェンは言った。



 その時、ナーシャが薬草を運びながら、ふと口を挟んだ。


「アルヴィン殿下って、第一王子の方ですよね」


「ええ。知っているのですか」


「いえ、直接は。でも——うちの患者さんで、王城の庭師をしている人がいるんです」


 私は、はっとした。



「庭師?」


「はい。腰を痛めて、ときどき薬をもらいに来るおじいさんです」とナーシャは言った。「その人、王城の庭を何十年も手入れしてるって。だから——殿下たちのことも子供の頃から見てるんじゃないかなって」


 仮面の外。


 貴族でも家臣でもない、庭師の目。


 それは——アルヴィン殿下が油断する相手かもしれなかった。



 数日後、その庭師のおじいさんが薬をもらいに来た。


 私は腰の具合を診ながら、さりげなく話を向けた。


「長く王城の庭を手入れされているそうですね」


「ええ、もう五十年になりますかな」とおじいさんは言った。「殿下方が生まれる前から、おりますよ」



「では、アルヴィン殿下の子供の頃も」


「ええ、知っておりますとも」


 おじいさんの顔が、ふと和らいだ。


「アルヴィン様は——昔はよく庭に来るお子でしたよ」


 昔は。


 その言葉に、私は耳を傾けた。



「弟君のカイル様の手を引いて、よく庭を歩いておられました」とおじいさんは言った。「アルヴィン様が花の名前を教えてやってね。カイル様が、それを一生懸命覚えようとして」


「仲がよかったのですね」


「そりゃあ、もう。仲のいいご兄弟でしたよ」



「ある時はね」とおじいさんは懐かしそうに続けた。「カイル様が庭で転んで、膝を擦りむいたことがありましてな。アルヴィン様が泣いているカイル様をおんぶして、医務室まで運んでいかれた」


「アルヴィン殿下が」


「ええ。『カイルは僕が守るんだ』と、そう言ってね。——あんなに優しいお兄様はいませんでしたよ」



 私は、その話を静かに聞いていた。


 カイルは、僕が守るんだ。


 今の、人を駒として見るアルヴィン殿下からは想像もできない言葉だった。


 でも——確かに、そういう時期があったのだと思う。


「……いつから変わられたのですか」と私は聞いた。



 おじいさんは、しばらく考えていた。


「……はっきりとはわかりませんがね」と、彼は言った。「あの、お妃様が——亡くなられた頃からでしょうか」


「お妃様?」


「いえ、王妃様ではなく。アルヴィン様の乳母をしていた方でしてな。アルヴィン様は、その方を実の母のように慕っておられた」



「その方が、亡くなって」


「ええ。流行り病で急に。アルヴィン様が十二の頃でした」とおじいさんは言った。「その後から——アルヴィン様は笑わなくなった。いや、笑うようにはなったんですがね。——前とは違う笑い方に」


 作られた笑い。


 計算された優しさ。



「庭にも来なくなりました」とおじいさんは言った。「花の名前を教えることもなくなった。——立派な王太子には、なられましたよ。でも、あの庭を駆け回っていたお子は、もうどこにもおられない」


 おじいさんが、少し寂しそうに笑った。


「年寄りの繰り言ですがね。——わたしは今でも思うんですよ。あのお子は、本当はどこかで泣いているんじゃないかって」



 その日、おじいさんが帰った後。


 私はしばらく縁側に座って、考えていた。


 乳母の死。十二歳のアルヴィン殿下。


 慕っていた人を突然失って。——その悲しみを、どう処理したのだろう。


 たぶん、彼は心をしまい込んだのだと思う。


 もう誰も失わないように。誰にも心を預けないように。人を駒として見れば——失っても痛まないから。



 フェンが、隣に来た。


「……見えてきたか」


「はい」と私は言った。「アルヴィン殿下が心をしまい込んだ理由が」


「人を駒として見るのは」とフェンは言った。「人を愛さないためだ。愛さなければ、失っても痛まない。——あの男は痛みから逃げているだけだ」



「フェン」と私は言った。「私、わかった気がします」


「何が」


「アルヴィン殿下を救うために、必要なものが」


 春の夕暮れが庭を染めていた。


「あの方に必要なのは——もう一度、誰かを愛しても大丈夫だと。失う痛みがあっても、愛する価値があると。——それを思い出してもらうことです」



 フェンが私を見て、目を細めた。


「……難しいぞ、それは」


「わかっています」


「だが」とフェンは言った。「お前なら、できるかもしれん。——お前は一度すべてを失って、それでも、もう一度愛することを選んだ女だからな」


 春の風がラベンダーの芽を優しく揺らしていた。


 アルヴィン殿下のしまい込んだ心へ。


 その最初の手がかりを——私は確かに掴んだ気がした。


(第109話へ続く)

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