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第七話 勘違い


 あの後レンジはカオルから物凄く怒られた。

 と言っても怒鳴るとかそういう事はない。ただ目の前に正座させられ、淡々とお説教をされていたのだ。

 声を荒げる事もなく静かに諭すように言うカオルを見て、ミツバは『大人とはこういう事なんだ』と感心していたところ、


「あれ、鬼人にしか分からない方法で怒られているんですよ」


 とソウジが教えてくれた。彼も若干顔色が悪い。

 鬼人の世界のあれこれはまだまだミツバには分からない。

 なるほどなぁと思いながら話が終わるのを待っていると、三十分くらいでレンジは解放された。


 とは言え説教が終わってハイ終了、というわけではなく、自分が散らかした店内の後始末をする事になったのだが。

 ご丁寧に首から『私が壊しました』という看板――何でそんなものがあるのかは分からないが――を下げながら、レンジは箒と塵取りでガラスを集めている。


「酷ぇ目にあった……」

「お店を壊したレンジ君が悪いんですよ?」

「分かってるよぉ……」


 しょんぼりしながらレンジは箒を動かす。

 そのせいだろうか、背丈は大きいのに、何故だか小さくなっているように見える。カオルの説教が相当効いているようだ。


「ソウジ君、ソウジ君。マスターってお強いんですね」

「まぁ、祓い屋が集まる店のマスターですからねぇ。たまに店の中で、祓い屋同士の喧嘩が始まる事もあるんですよ」

「あ、もしかして、だからあの首から下げる看板が?」

「そういう事です」


 どうやらレンジが今下げている看板は、わりと使用されているらしい。

 祓い屋って物騒だなぁとミツバは思った。


「それでレンジ君、話は戻りますが。あなたは僕とツバキさんが婚約すると勘違いして、慌てて飛んで来たんですか?」

「べっ別に慌てて来たわけじゃねーよ。たまたま親父達の話を聞いてだな!」

「賀東家は相変わらず耳だけは早いな……」

「耳だけって何だ耳だけって!」


 くわっ、とレンジが目を見開いてそう文句を言う。

 しかし遠くから「レンジ君?」というカオルの声が聞こえて来て、慌てて口を閉じた。

 ふふ、とミツバが笑うと、レンジはバツが悪そうな顔になる。


「……あー、えっとな。勘違いして悪かったな。怪我はしていないか?」

「はい。ソウジ君が守ってくださったので、そこは全然」

「そうか、良かった。……俺は賀東レンジってんだ。ツバキとは同級生になる」

「あ、先輩でしたか。改めて吾妻ミツバです。よろしくお願いします」

「せっ先輩っ!?」


 ミツバが先輩と呼ぶとレンジが変な声を出した。


「そ、そうか、先輩か……。悪くないもんだな……へへ……」


 心なしか嬉しそうである。ニヤニヤと笑い出すレンジを見て、ソウジの目がすうと細まる。


「ミツバさん、この人、呼び捨てで構いませんよ」

「何でだよ! っていうかお前も後輩だろ、先輩って呼んでいいんだぞ!」

「え……嫌……」

「わりとガチめの拒絶が心にくる……」


 丁寧語も引っ込んだソウジの言葉に、ひくっとレンジが頬を引き攣らせた。

 こういう反応を見るとソウジも年相応に見えて来る。ミツバが思わず噴き出すと、彼はハッとした顔で、


「一応、賀東家も祓い屋になります。吾妻と同じ、攻め側ですね」


 少し早口で誤魔化すように教えてくれた。


「お前はいちいち癇に障る言い方をだな……」

「違います?」

「違わねーけどもよー」

「……お二人共、本当は仲がよろしいのでは?」


 思わずミツバがツッコミを入れたが、ソウジとレンジの反応は「えぇ……」という微妙そうなものだった。

 仲が良いとは思うが――まぁそれは置いておいて、性格的な相性も良さそうだ。

 そんな事を考えながらミツバは「ところで」とレンジを見る。


「あのー、賀東先輩。ご質問があるのですが」

「ツバキの妹なら、名前で呼んでくれていいぜ。何だ?」

「ではレンジ先輩。ツバキ姉さんの事がお好きなのですか?」

「ぐっ!」


 ミツバが一番気になっていた部分を聞くと、とたんにレンジは咽る。


「な、な、な……!? 何を馬鹿な事を仰って!?」

「分かりやすい……」


 言葉で聞くより分かりやすい態度に、ミツバは満足して軽く頷いた。


「なるほど、ありがとうございます」

「俺、何で礼を言われてんの? あ、いや! あの、その……だな……好きっていうかぁ……」

「はっきりされた方が姉さんの好みだと思います」

「好きです」


 ミツバがそう言えば、レンジはキリッとした顔でそう答えた。

 つまり彼はツバキの事が好きで、彼女を悲しませると思ったからソウジのところへ殴り込みに来たというわけだ。

 やり方に問題はあるが、結構、良い人なのかもしれないとミツバは思った。

 だんだん微笑ましい気持ちになっていると、目にその感情が乗ったのだろう。それに気づいたレンジが拗ねたように口を尖らせる。


「ツバキには絶対に言わないでくれよ。ちゃんと強くなって、自分から言うからさ」

「ええ、もちろんです。ふふふ」

「僕、この人が義兄になるの嫌ですねぇ」

「めちゃめちゃ良い笑顔で何て事を言うんだお前。俺だってお前が義弟になるの嫌だよ」

「やっぱりお二人、仲が良いんですね」

「どこがそう見えました?」

「目が悪いのかお前は」


 ミツバがしみじみと言うと、二人揃って心外だ、という反応をされてしまった。

 やっぱり仲が良いと思う。


「ところで、そうか。ミツバはソウジと婚約……するんだよな?」

「はい。お互いに問題がなさそうなので、そうなると思います」

「お歳は?」

「十五です」

「ほーん。となると、今度の春から常桜学園(ふだんざくらがくえん)に通う事になるわけか」


 そう言うとレンジはニッと笑った。


「そんじゃ、その時は俺もちゃんと面倒見てやるから、安心しろよ」

「全然安心できない事を言いますねぇ」

「ソウジは本当にクソ生意気だな」


 ソウジとレンジのやり取りは、一番最初のギスギスした雰囲気とは打って変わって楽しそうだ。ミツバもくすくす笑っては、彼らの会話に混ざる。

 そうしているうちに時間が過ぎて、スギノ達も戻って来て――この惨状を見てぎょっとするのは、もうしばらく後の話。


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