第八話 常桜学園の入学式
ミツバとソウジが婚約してひと月ほど経った頃。
桜の花弁がひらひらと舞う中を、ミツバは義姉のツバキと一緒に常桜学園という、鬼人達が多く在籍している学園へとやって来た。本日からミツバはこの学園に通うのである。
学園が近付いて来ると校門前に、学生服姿のソウジが立っているのが見えた。彼はミツバ達の姿を視界に捉えると、朗らかな笑顔を浮かべて手を振る。
「おはようございます、ミツバさん、ツバキさん」
「おはようございます、ソウジ君。今日は良いお天気ですね」
「おはよう。なーに、待ち伏せしちゃって」
「せっかくなのでミツバさんと一緒に行きたいなって思って」
ふふ、と笑って言うソウジに、ツバキが頬を引き攣らせる。
「あっ、あんた……意外と攻めるわね……」
「婚約者同士なのですから、仲良くなりたいなと思いまして。あと、ちょっと周囲の様子がどうなるかも気になったので、牽制でもしておこうかと」
「それには同意するけど、あんた良い性格しているわね……。ミツバ、こいつ本当に性格が悪いから騙されちゃダメよ?」
「ふふ、心外です」
ツバキの言葉に、ソウジは良い笑顔を浮かべてそう返した。
そう言えば前にもツバキはソウジの性格について言及していた気がする。今のところミツバはそれを感じたことはないが、付き合いが深まっていく内に分かるかもしれない。
(それにしても、牽制って何かしら)
ミツバは内心首を傾げた。言葉の意味は分かるが、どうしてそんな言葉が出てきたのか謎である。不思議に思いながら、ミツバは二人と一緒に入学式の行われる体育館へと向かって歩き出した。
この学園の卒業式では教室に集まるのではなく、体育館に集まって、そこでクラスごとに分かれるというのが流れらしい。学校によって色々あるのだなと思いながら歩いていると、ふと、ミツバは何やら視線を向けられていることに気が付いた。
おや、と顔をを向ければ、やはり鬼人の学生達がちらちらとこちらと見ている。
「あ~、やっぱり面倒ね。先にミツバが婚約しちゃって良かったわ。すっごく面白くないけど」
するとツバキがため息混じりにそうにそう言った。
なるほど、どうやら自分達の婚約がこの注目の理由らしい。
「ソウジ君、モテそうだものね」
「まぁ確かに、そこそこモテるけどね。そうじゃなくて視線はミツバへよ」
「私?」
えっ、とミツバは目を丸くする。予想外のご指名だ。
何故自分に注目が集まるのだと少し考えて――最初に浮かんだのはソウジ絡みの嫉妬である。
「なるほど、つまり嫉妬と。姉さん、私、嫉妬されるの初めてだわ」
「何でちょっと嬉しそうなの。あとたぶん勘違いしてるだろうけれど違うわよ。嫉妬されてるのはソウジの方」
「ソウジ君?」
「そうそう。お父様から聞いたでしょう? ほら、天秤体質の」
「でも私、実感が湧かないのだけれど」
「ま、人間相手だと微弱な効果しかないから仕方ないわ」
「あるの?」
「あるわよ。一緒にいるとどういうわけか落ち着くとか、こいつがいると喧嘩する気が失せるだとか。そういう人っているでしょう?」
「なるほど……?」
何となく分かったような気がするが、あいにくとミツバは、あまりたくさんの人と関わった事が無い。そのためとりあえず曖昧に返せば、ツバキから軽くため息を吐かれてしまった。
「……こういう感じだから、頼むわよソウジ。あたしは学年が違うからいつも一緒にいられないし」
「ええ、もちろんですよ。ミツバさんと一緒なら力も安定するので、問題なく処理できますし」
「処理です?」
「処理です」
処理らしい。言葉は物騒だが、まぁ、物理的にそんな事はしないだろう。
ミツバはそう思っていたのだが、
「いちいち言い方が怖いのよ。柔和な笑顔で誤魔化しきれる範囲を越えるわよ」
「ふふ」
「ふふ、じゃないのよ」
とても心配なやり取りが聞こえて来た。
そんな話をしているうちに三人は体育館に到着する。
「それじゃ、一年二組の列はあっちよ。しっかりね、ミツバ。何かあったらすっ飛んで行くから」
ツバキは頼もしく笑うと、ツバキは三年生の列へと向かって行った。
ミツバは義姉に手を振ると、ソウジと一緒に自分達のクラスの列へと歩き出す。
「それにしても、ソウジ君と一緒のクラスだったのは嬉しいですね。お知り合いの方が一緒だと安心します」
「それは何よりです。ですが、だから入学前に婚約したんですよ。人間と鬼人の婚約だと学園側が特別に配慮してくれるんです。そういう時は、大体ミツバさんと似た状況ですし。……でないと誘拐とか普通にありますからねぇ」
「今何やら不穏なセリフが……」
どうやら鬼人の世界はミツバが考えているよりずっと物騒なようだ。本当に知らないことが色々とあるものでる。
ミツバは軽く頷きながら、ソウジと一緒に列に並んだ。その時もあらゆる方向からまぁまぁ見られている気がしたが、特に何か起こるわけでもなく、ソウジと談笑しているうちに入学式が始まった。
入学式自体は普通の学校と同じようだった。まずは学園の長である神坂校長の挨拶から式が始まる。
意外なことに神崎校長は人間のようで、額に角が生えていなぁった。鬼人の学園で人間の校長先生って珍しいとミツバが思いながら話を聞いていると、今度は生徒会長の挨拶の番になる。
靴音を響かせながら、壇上に赤い髪の学生が立つ。
「常桜高校の生徒会長、賀東レンジだ。よろしく頼む」
そして生徒会長はそう名乗った。思わずミツバは目を見開いた。
「えっ、レンジ先輩?」
「……驚きますよね。僕もですよ。よくあの人を生徒会長に選んだなって」
「いやぁそこまでは……思っていないわけでもないですが」
「ふふふ」
小声でこそこそとそんなやり取りをしていると、レンジはぐるりと体育館を見回して、ミツバ達のところでぴたりと視線を留めた。そして彼はニッと笑う。
(面倒見てやるってこういうことかぁ)
若干不安な部分もあるが、確かに頼りになりそうだ。
くすりと笑って、ミツバは小さく手を振ったのだった。




