第六話 乱入してきた鬼人
天窓から降り注ぐガラスの破片。
光の雨のようなそれを目にしたミツバは、反射的にぎゅっと目を瞑った。
――当たる。
そう思ったからだ。
しかしどれだけ待っても、その破片が体に当たる感触はない。
(……あれ?)
不思議に思い目を開けば、ミツバとソウジの周囲を半透明の光の膜が覆っていた。
「ミツバさん、大丈夫ですか?」
ソウジはミツバに、軽く右手を挙げた姿勢でそう訊ねた。
それを見てミツバは、この光の膜が鬼人の力だであることを理解した。
どうやら彼がガラスの破片からミツバを守ってくれたらしい。
「ありがとうございます、おかげ様で怪我は何ひとつ。これがソウジ君の鬼人の力ですか?」
「ええ。十和田が一番得意とする守りの術です。ミツバさんがそばにいてくれたおかげで、久しぶりに調子が良いですよ」
ソウジは少し弾んだ声でそう言うと、にこりと微笑んだ。
ミツバ自身は、自分の体質についてはまるで分からないものの、ソウジが嬉しそうなので良かったなと思った。
「……さて」
それからソウジは、天窓からガラスの破片と共に飛び降りてきた人物へ目を向ける。彼の眼差しは、ミツバに向けていたそれとはまるで違って、氷のように冷えている。
その人物は、ミツバ達のテーブルから少し離れた位置に着地していた。
長い赤毛を後ろで一つに結び、額から角を生やした鬼人だ。年齢はミツバ達より少し上くらいだろうか。
「――賀東レンジ君。ずいぶんと乱暴な登場の仕方ですが、僕達に何かご用ですか?」
「ハッ、相変わらずひょろっこいな、十和田ソウジ。珍しく術が暴走してないじゃねーか」
ソウジが名を呼ぶと、その鬼人はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
どうやらこの二人は知り合いのようだ。
ミツバはなるほどと軽く頷いてソウジの方へ顔を向ける。
「ソウジ君のお友達ですか?」
「お友達と言うには少し違いますが、知り合いではあります。十和田を目の敵にしている祓い屋の、賀東家の鬼人ですよ」
「あらまぁ……祓い屋さんって、プライベートでも大変なんですねぇ」
ミツバが思ったことを口にするとソウジは苦笑した。
そんなやり取りをしていると、レンジと呼ばれた鬼人はミツバを見て、不愉快そうに鼻を鳴らす。
「ハッ! 女の子と喫茶店でデートたぁ、良いご身分じゃねぇか。ああん?」
しかもヤンキーみたいにすごまれてしまった。
思わずミツバはぽかんと口を開ける。こういうタイプは今までミツバの周囲にいなかったので、何だか新鮮さもあった。
(あと女の子って言いましたね)
乱暴な口調ではあったので、そこだけが妙に浮いている。
もしかしたら根は真面目な人なんだろうかと、ミツバが眺めていると、
「僕に喧嘩を売りに来たなら、場所を考えていただきたいですね」
ソウジがため息交じりにそう言った。
「お前こそ、よくこんな目立つ場所で女の子とデート出来たもんだな! 吾妻家の娘と婚約するってのによ! この女の子の敵が!」
「はい?」
するとレンジが憤然と怒鳴った。
――彼は一体何を言っているのだろうか?
ソウジがデート……というとこれは少し違うかもしれないが、会っているのはミツバだし、婚約するのもミツバである。つまり同一人物だ。だからこんな風に怒られる筋合いはない。
ミツバとソウジは思わず顔を見合わせて首を傾げる。
「確かに吾妻家の方と婚約はしますが、それと何の関係が……?」
「あるに決まってんだろーが! お前、ツバキと婚約するんだろう!? それなのに別の女の子とデートしてんじゃねーよっ!」
――どうやら彼は勘違いをしているらしい。
それが分かったミツバとソウジは、どっと疲れたように肩をすくめた。
「違います。ツバキさんと婚約はしませんよ」
「何言ってんだ、吾妻家の娘と婚約するってんなら、ツバキしかいねぇじゃねーか。嘘つくんじゃねぇ! それなのに不誠実過ぎるだろう!」
レンジはソウジに指を突き付けて、唾を飛ばしながら怒鳴り続ける。その顔は怒りで、髪の色と同じくらい真っ赤になっていた。
(なるほど……つまり姉さんとソウジ君が婚約すると思ったんですね)
彼がどうしてこの場に駆けつけて来たのかは分からないが、ツバキと婚約すると思い込んでいたソウジが、別の少女と二人っきりでいるのを見て腹を立てているようだ。
勘違いして大暴れするのは迷惑極まりないが、それを除けば彼は意外と良い鬼人なのかもしれない。何せツバキのために怒ってくれているのだ。ミツバの中で、レンジの評価がぐんぐん上がる。
――ならば、いつまでも勘違いして怒らせっぱなしなのは申訳がない。
そう思ったミツバは「あの~」と右手を挙げた。
するとレンジの目がこちらを向く。
「何だい、お嬢ちゃん」
「初めまして、私は吾妻ミツバと申します。十和田ソウジ君と婚約する予定なのは、ツバキ姉さんではなく私なんですよ」
「え?」
名乗るついでに勘違いを訂正すると、レンジが目を丸くする。
「ツバキの……妹?」
「はい」
「待て待て、全然ツバキと似てねーだろ」
「あ、はい。養子です。三年前から吾妻家にお世話になっております」
「…………ようし」
「はい」
「えっじゃあ……ソウジと婚約の話って、本当に……お嬢さん?」
「はい」
「…………マジで?」
レンジは混乱を極めた顔で、たっぷりと時間をかけてから、絞り出すような声でそう訊いてきた。
ミツバはしっかりと頷いてみせる。
とたんにレンジの顔がサーッと青ざめた。人の顔とはこんなに一気に色が変わるのだなと、ミツバが興味深く思いながら見ていると、
「――――さて、ご理解されたようで何よりですよ、賀東レンジさん?」
すぐ近くから『月猫』のマスターの声が響いた。
穏やかだが有無を言わさぬ圧が感じられる。その声に、レンジがヒッとか細い悲鳴をあげた。
(何だが空気まえで冷えてきたような……?)
そう思いながらミツバがマスターの声が聞えた方を向く。
そこにはカオルが先ほどと同じ、穏やかな笑みを浮かべて立っていた。
ただしその目は、まったく笑っていなかったけれど。




